アメリカの変化が気になると書いたばかりだが、イスラエルとハマス双方に働き掛けてガザの停戦合意を仲介したアメリカを見ると、やはり、世界の覇権国と言えるのはアメリカなのかなと思う。中国もロシアも、又、欧州のどの国も、もちろん日本も成し遂げることのできない力仕事だったように思うからだ。



「覇権国」を検索したら、AIが直ぐに教えてくれた。16世紀の大航海時代を制したポルトガル、17世紀のオランダ、18世紀から19世紀のイギリス、そして1991年のソ連崩壊後のアメリカが覇権国と呼ばれるとのこと。では、覇権国の条件は何か。これも次のような解説が出てきた。

①圧倒的な経済力、
②優位に立つ軍事力と政治力、
③国際的なシステムの創造と維持、
④国際的な支持と正当性、
⑤そして、寛容政策。

アメリカは①、②を満たしているし、③も米ドルが世界通貨になったことで満たしたように思う。又、国際連合や国際通貨基金の創設にアメリカは深く関わっているし、ハリウッド映画やミッキーマウスはどこの国でも人気だろう。

気になるのは⑤の寛容政策だとしても、他国に比べると、アメリカには異なる人種、文化、宗教、価値観が入り交じり、衝突しながらも新しいエネルギーを生み出す力があるように思う。そんなことを、久しぶりに訪れたマクドナルドで感じた次第(笑)

1962年にフルブライト奨学生としてアメリカに留学された同志社大学の先輩がおられる。今年91歳になられ、腎臓を患われたことから人工透析を毎週受けておられるが、本質を鋭く見抜く眼力と、時には辛辣に時にはユーモラスに書き記す表現力は衰え知らずで、定期的に出される「91歳 透析爺さんの繰り言、虚言、寝言集」も第3号を迎えた。



最も印象に残ったのは「あのアメリカはどこへ行った?」というタイトルで書かれた随筆だ。1962年、先輩は初めてアメリカに渡り、アリゾナでオリエンテーションを受けた後、空路アメリカ大陸を横断されるが、一眠りしても延々と続くトウモロコシと大豆畑を見て、こんな広大な国となぜ戦争をしたのかと素朴に思ったとある。

到着したシカゴは一転、喧騒の近代都市で、その活況振りに圧倒されながら飛行機を乗り換え、留学先のイリノイ大学へ。空港で出迎えてくれたのは学部長と地元の人たちで、みんな素朴でおおらか、明るく敗戦国日本の留学生をハグして迎えてくれたと書いておられる。先輩の知るアメリカは超大国で、米ソ対立の時代ではあったが、国民は寛大で弱い者や他人を慮る気性に満ちていたということらしい。

そのアメリカ国民が「アメリカ・ファースト」や「MAGA」を提唱するトランプ大統領を再び選んだ。以後、アメリカは高い関税率を各国に課し、国際的な機関からの脱退や多国間協定からの離脱を進め、孤立主義、モンロー主義に舵を切ったかに見える。そんなアメリカに驚き、残念に思っておられる先輩の気持ちがひしひしと伝わって来た。同志社の設立も、新島先生がアメリカで出会った人々からの援助なしでは成し得なかったから、アメリカの変化は気になるところだ。

同志社混声合唱団〈東京〉のコンサートに出掛けた。演目は J.S.Bach の「ロ短調ミサ曲」で、多くの合唱経験者から「大曲だよ」、「一度は歌いたい名曲だ」という説明を受けていたから、ワクワクしながら席に着いた。



【キリエ】
合唱団が「主よ、あわれみたまえ」と歌い、ソリストのソプラノ櫻井愛子さんとカウンターテナー上村誠一さんが「キリストよ、あわれみたまえ」と歌われた。躍動感のあるソリストお二人の演奏に対し、合唱団の歌声には切実な祈りが込められているように感じ、聞いている私まで「神さま、あわれんでください」という気持ちになった。曲の最後が長調の和音で終わり、願いが聞き届けられたように感じた。

【グローリア】
「神に栄光あれ」という神さまを崇める曲で始まり、「地上の人々には平和を」という希望が続き、その後はバイオリンやフルート、オーボエやホルンとソリストの皆さんが軽やかに神さまを賛美したり、合唱団が神さまに感謝したりと喜びの歌が続く。最後の「父なる神の栄光のうちに」には「吹っ切れた」感があり、第一部の締めくくりに相応しい合唱だった。

【クレド】
「我は信ず、唯一の神を」という曲が合唱団の美しいハーモニーで始まり、迷いのない信仰が歌われる。その後、ソプラノ櫻井さん、カウンターテナー上村さん、テノール西山詩苑さん、バリトン原田 圭さんにより、十字架につけられたイエスキリストのことが歌われるが、次に立ち上がった合唱団が3日後に復活したイエスキリストを力強く歌い、救われた気持ちになった。最後の曲、「来るべき世での命を待ち望む」は力強い宣言のように感じた。

【サンクトゥス】
疑うことのない信仰と、それにより得られた喜びが合唱団の清らかなハーモニーで歌われた。見事だった。

【オサナ、ベネディクタス】

オサナは喜びに満ち溢れた合唱、ベネディクタスはテノール西山さんがフルート、チェロと共に歌われ、快い安心感に包まれ、癒された。


【アニュス・デイ】

「世の罪を除きたもう神の子羊よ、我らをあわれみたまえ」をカウンターテナー上村さんが控えめながら芯のある歌声で語るように歌われ、その後、ソリスト、合唱団、オーケストラが一体となって最後の曲、「我らに平安を与えたまえ」を高らかに唱和された。管楽器やティンパニーが館内に響き、感動的なエンディングとなった。素晴らしかった。