福井県小浜市に住んでいるM柴をラグビー仲間で訪ねた。昨年11月に続き2度目の訪問だが、今回も落ち着いた町並みを歩いているとき、子供の頃にタイムスリップしたかのように感じた。私が生まれ育った京都の町中とどこか雰囲気が似ているのだろう。



この辺りは小浜西組地域と呼ばれ、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されているらしい。M柴の家の斜め向かいに「町並み保存資料館」という大正期に建てられた建物があったので覗いてみると、更に子供の頃にタイムスリップしてしまった。


 
間口が狭く奥行きのある「鰻の寝床」と言われる家屋。京都にも見られる「鰻の寝床」だが、間口を狭くしたのは節税対策だと教わった記憶がある。


大きなお釜の蓋を開けると、薪で炊き上げたご飯から真っ白な湯気が上がる。そんな様を想像した。火の用心のお札と神棚も懐かしかった。


外からは見えない、家族だけで楽しむ中庭。鰻の寝床に新鮮な空気や明るい光を取り入れる役割も果たしていたようだ。



卒業から48年。各々の人生を歩み、髪の毛も体型も変わり、「ほら、あの子」「誰や?」「水泳でオリンピックに出たあの子や。早う思い出せ」「あほ、お前が思い出せ」みたいな会話が当たり前の老境を迎えたが、友情だけは変わらない。「町並み保存資料館」の向こうを張り、「友情保存M柴館」と名付けるか(笑)


(注)オリンピックに出た水泳選手の「あの子」は池江璃花子さんでした。あほ、早う思い出せ(笑)

浄土真宗大谷派のお寺さんから頂いたお便りに、藤代聰麿さんというお坊様の言葉が紹介されていた。


「これからが これまでを 決める」


一瞬、変なことをおっしゃるなぁと思い、これまでの努力や学びが未来を作るのでは、と反論したくなったが、以下のような解説を読み、あぁ、なるほど、と納得した。


すなわち、学歴や経歴は明確に見えることから、社会は人間の評価を履歴書で決めたがる。よって、世間の常識からすると、「これまでが これからを 決める」になるのだろう。しかし、明治44年生まれの藤代聰麿さんは日中戦争に従軍して過酷な時を過ごされ、復員後、「辛い過去に人生を決められてたまるか」と思われ、「これからどう生きるかで過去の意味が変わる」ことに気付かれたのだという。


今の不満や不遇を過去のせいにしたら、そこで時間が止まってしまうように思う。しかし、これからどう生きるかを考え、実行に移し、少しでも手応えを感じる時間に恵まれたら、過去の失敗や挫折も笑いながら振り返ることが出来そうだ。なかなか良い言葉を教えてもらったように思う。


(桜も咲けば、寒さに耐えた蕾の頃を懐かしく思い出せるのかも)

新鮮な感動を覚える素敵なコンサートだった。開演時、ステージに現れたのは田村麻子さんではなく、この春、大学生になったばかりという4名からなる弦楽カルテットで、ハイドンの弦楽四重奏曲ハ長調「皇帝」の第1楽章を実に軽やかに演奏された。こんなに素敵な若者がいるのかと、ちょっと嬉しくなった。



これが第一部の幕開けで、続いてステージに出てこられた田村麻子さんは、7つの異なる言語で書かれた歌を順に歌っていかれたが、その伴奏も弦楽カルテットが務め、耳に快い演奏になったように思う。又、曲と曲の合間には自らを「春風」と呼ぶストーリーテラーが軽やかに現れ、私たち聴衆を次の曲へと案内されたので、言語や背景は違えども自然に次の曲へと移れたように思う。私はフォーレの「夢の後に」に最も心を揺さぶられた。


第ニ部は江澤隆行さんのピアノ伴奏で日本語の歌を4曲歌われたが、歌詞が分かると情景が浮かぶ。木下牧子さんの「竹とんぼ」では「トンボより飛行機よりも空が好きになったらどうしよう」、村井邦彦さんの「つばめが来る頃に」では「今年も巣を作る、そこで雛鳥育てて南に帰る」に鮮やかなイメージが湧いた(村井邦彦さんが来場されており、麻子さんから紹介されて歓迎の拍手を受けておられた)。


その後、再び弦楽カルテットが登場され、メンデルスゾーンの弦楽四重奏のための4つの小品第1番を演奏されたが、バイオリンだけではなく、ビオラとチェロの音色も美しくて感動した。次に麻子さんがオペラから3曲を歌われたが、プッチーニ「ラ・ボエーム」の「私が街を歩くと」がとても良かった。もう一度聴きたい(笑) アンコールの「朧月夜」も美しく清らかな演奏で感動した。


この間は三大学OBジョイントコンサートで音楽をこよなく愛する元気な高齢者を拝見したし、今回はベテランと新人が共に作り出せる音楽を聴かせてもらった。音楽には素晴らしい力があると思う。