「霧と話した」を歌ったことのある方が案外多いことを知った。同じ合唱団のアルト、Yさんは「私も歌ったことがあるわよ。良い歌よね。失踪の歌? 違うと思うわよ。多分、大好きな人が亡くなったんだと思う」と私の失踪説をあっさり否定された。「頬の話が出てくるでしょ? 頬に愛した人に触れられた感触が残っていて、それが霧の中で甦るんだと思う」とのことだった。はい、事件性を持たせて失礼しました。



第2部はフォーレの「夢のあとに」から始められ、その後、プッチーニやヴェルディのオペラから「嘘」をテーマに選ばれたアリア5曲を歌われた。「ジャンニ・スキッキ」の「わたしのお父さん」は結婚に賛成しない父親に「反対するなら川に身を投げて死ぬわよ」という父親の愛情に訴える娘の可愛い嘘、「椿姫」の「さようなら、私の過去よ」は愛する人の父親から別れてくれと頼まれた高級娼婦が、もう愛してはいないと相手に伝えて身を引く壮絶な嘘・・・そんな説明を麻子さんやピアニストの小島さやかさんから聞いた上での演奏だったので、どのアリアも印象深いものになった。

 

「ファウスト」の「宝石の歌」は、玄関に置かれた宝石箱を開けた女性が興奮し、その後、宝石を身に着けて鏡を見た女性がうっとりしますから・・という説明通りに麻子さんが演じて歌われ、思わず微笑んでしまった。しかし、どれか一つを上げるなら、やはり「椿姫」の熱演と熱唱に最も心を打たれた。

 

アンコールには「アメイジング・グレイス」と「いのちの歌」を歌われたが、戦争や紛争が絶えない世界のことを思い、「いつかは誰でも この星にさよならをする時が来るけれど 命は継がれてゆく ・・・ この命にありがとう」という「いのちの歌」に出てくる歌詞が心に沁みた。良いコンサートだった。


田村麻子さんのコンサートに出掛けた。



古今東西の名曲をたっぷり・・とのことで、第1部はグノー/バッハの「アヴェマリア」とカッチーニの「アヴェマリア」から始められ、その後、「七つの子」「赤とんぼ」「朧月夜」など日本の歌6曲を歌われた。ずっと目を閉じて聴いていたが、「赤とんぼ」では、亡くなった父が入浴中に気持ち良さそうに歌っていたことを思い出し、ちょっと胸が熱くなった。

「朧月夜」は、元駐日大使のキャロライン・ケネディさんを前に、あるイベントで歌われたことがあるらしい。感動されたキャロラインさんから声を掛けられたそうだが、確かに言葉を超えた情感が伝わってくる歌声だった。

初めて聴いた曲、「霧と話した」では不思議な感覚に包まれた。麻子さんは「失恋の歌か?」と思われ、ピアノ伴奏の小島さやかさんは「愛する人を亡くした歌では?」と思われたそうだが、私は「大事な人の失踪では?」と思う。行き先も理由も告げず、何かサインらしきものがあった筈だが、大事な人が突然いなくなる。今や生死も分からないから、その人のことは忘れ、前を向いて歩もうと思うが、やっぱり気になり、霧に尋ねてしまう。曲が途中で少しの間、長調に転調するのはそういう心の揺れを表しているのかなと思った。

(続く)

私が「バンドネオン」という楽器や「アストル・ピアソラ」というアルゼンチンの音楽家の存在を知ったのは11年前のことだ。その経緯はブログにアップしている。

 

マキシマ皇太子妃の涙 | ボルネオ7番のブログ (ameblo.jp)

 

その後、youtubeなどでバンドネオンの演奏を聴くことはあったが、ついに生の演奏を聴くチャンスがやって来た。



 ネストル・マルコーニさんは1942年のお生まれで、既に80才を超えておられるが、演奏は力強く滑らかで、音色に張りと艶があった。そのマルコーニさんに師事されている三浦一馬さんの演奏も見事で、ギューッと胸を締め付けられそうになる瞬間があった。

 

アンコール曲も加えると14曲の演奏があったが、いずれも豊かな感情が溢れ出るものばかりで、不安や心配、苦しみや挫折を感じさせるメロディもあれば、いつの間にか興奮や挑戦を感じさせるものに変わり、最後は安心や喜び、誇りを感じさせて静かに終わる・・・そういう変化を楽しませてもらった。

 

いちばん聴きたかった曲は、結婚式でマキシマ皇太子妃(当時)の涙を誘ったアストル・ピアソラの「アディオス・ノニーノ」だったが、期待通りの素晴らしい演奏だった。リズムが自在に変わり、快い和音が次の瞬間には不安を誘う和音になる・・・そういうバンドネオンの音色がどこか人生とダブるのかも知れない。