お正月に頂く年賀状が減ってきた。ここ数年、「年賀状のご挨拶は本年限りとさせて頂きます」とか「今後はSNSでのご挨拶とさせて頂きます」というメッセージが多くなってきたから、年賀状離れが加速しているのだろう。



そんな中、「年賀状は平安時代から続くコミュニケーションです。私は続けます」と書いてこられた方がいた。平安時代は言い過ぎではと疑い、調べてみたところ、確かに平安時代に始まったとする解説が出てきた。なんでも、藤原明衝(989~1066)という貴族がまとめた手紙の文例集に年始の挨拶が出てくるらしい。年賀状には千年の歴史があるのだ。

さて、私にとっての年賀状はどのようなものかを考えてみた。毎年12月を迎えると、翌年の干支にまつわる諺を探し、それに合うイラストを考えて描く。その時間が楽しいこともあれば、印刷屋さんの締切りが迫って焦ることもある。そうこうする内に年の瀬を実感し、新年のことを考えるようになるので、私にとっての年賀状は新年を迎えるための「準備体操」なんだろう。私の年賀状を受け取る皆さま、今しばらく準備体操にお付合いください。

DSKクワイア(男声讃美歌研究会)で横浜市西区の合唱祭に参加し、讃美歌3曲を歌った。指揮者とピアニストを加えても13名という小規模の男声合唱だったが、ステージから引き揚げるとき、他の合唱団の方から「教会にいるような気がしました」と言われたことが嬉しかった。



先生方からは講評を頂いた。
「男声による演奏で、外国のカソリック教会での演奏のように聴こえてきた。気品があった。」
「皆さんの歌声から、信じる心、愛する心、今日もとても良いものをいただいた。ありがとう。」
「レガートで母音のつながりがなめらかで、とても美しい響きのある声だ。ハミングも良かった。ブレスも深くてすばらしい。最後に、言葉ひとつを大切に歌われているのが伝わってきた。子音もきれい。素敵なうたをありがとう。」


終演後の打上げでは、先生方からの講評を巡り、「先生方は来年も我々の参加を促すため、意図的に褒めておられる」、「その通りや。良い気になるのは止めよう」、「いやいや、せめて今夜くらいは気持ち良う飲もうや」、「その慢心が上達を阻むねん」、「とりあえず乾杯せえへんか?」、「せやね!」みたいな応酬があったが、その後は合唱以外の話題で盛り上がり、賑やかな打上げになった。来週からは4月17日に開催される「国際シニア合唱祭」のための練習が始まる。

1年と9ヶ月、同志社混声合唱団(東京)の代表を務めさせてもらったが、昨年末で任期満了となり、昨日、新しい代表の方への引継ぎも終えた。代表就任以来、ずっと預かっていた団旗をお渡ししたときには、「あぁ、終わった」とホッとすると同時に、意外にも一抹の淋しさも覚えた。合唱にど素人の私を最後まで支えてくれた委員会の解散が淋しかったのだろう。



ただ、ホッとしたり淋しがったりしている場合ではなく、3月10日(日)には小林研一郎さんが指揮をされるマーラー作曲交響曲第2番「復活」の合唱団に同志社混声合唱団(東京)も参加することになっている。総勢200名の合唱団は初めて、小林研一郎さんの指揮ももちろん初めて、サントリーホールも初めてという、私にとっては初めてづくしのコンサートだから、どんな演奏になるのかが楽しみだ。


さて、引継ぎを終えて得た時間と心の余裕はどこに向けるべきか、もともと立ち止まるのが苦手な性格でもあるし、走りながら考えようと思う。