子供たちが誕生日のお祝いをしてくれた。


これ以上、年を取りたくないと思っているくせに、ご馳走を目の前にすると、誕生日で良かったと喜んでしまう(笑)


ボルネオ7番のブログ-誕生日


しかも、この日は大好きなケーキまで食べられる。

し、しかし、「けんちゃん」って・・・・ちょっと威厳がないが、好物だから許す(笑)


ボルネオ7番のブログ-ケーキ


プレゼントまで準備してくれていた。

先ず、METAL DINOという金属片で作る恐竜のフィギュア。

「どことなくパパに似てるわね」って・・・・まぁ、恐竜好きだから許す(笑)


ボルネオ7番のブログ-メタルDINO


そして、私が欲しいと思っていた Panasonicの「頭皮エステ」が出てきた。亀梨くんが宣伝していたシャンプーしながら頭皮のエステができるというスグレモノだ。発売と同時に電気屋に走ったが、ちょっと高くて手が出なかった商品。それだけに嬉しい。


ボルネオ7番のブログ-頭皮エステ


私 「ありがとう!!これ、欲しかったんや」

娘 「知ってる。この前、お風呂に『手動式』のがあったから」

私 「あぁ、消費税込み735円、ゴム製のヘアブラシね」(笑)

娘 「パパ、毎日使ってね、この『育毛エステ』、効果があるといいなぁ」


「育毛エステ」ではなく、「頭皮エステ」なんだけど・・・・育毛への期待と必要性があるから許す(笑)

押入れからスパイクが出てきた。


最後に履いたのは15年ほど前のことだろうか。

ちゃんと磨いてからしまったらしく、カビひとつ生えていなかった。


ボルネオ7番のブログ-スパイク


しばらくスパイクを見ていたのだが、思い切って捨てることにした。

もう、これを履いてラグビーゲームに出ることはないだろう。

と言うことは、プレーヤーとしてラグビーから何かを学ぶこともないだろう。


スパイクに「ありがとう」と声を掛け、ゴミ袋に入れた。

その後、ラグビーから私は何を学んだのだろう、と考えた。

大きい順に言えば、多分、次の三つになると思う。


①大事なのは身体だ。


ゲーム中に鼻の骨を折った。病院で手術を受け、顔にギブスをはめられた。3週間でギブスは取れたが、しばらくは当たるのが怖くてタックルにもモールにも入れなかった。鼻の骨ひとつで戦意を喪失するものなんだと学んだ。アキレス腱を切ったときなど、戦意喪失どころか、その時点で使いものにならず、グランドの外に運び出された。大事なのは体力と健康だ。


②思い通りにならないことがある。


レギュラーになれなかった。3年生と4年生のときは公式戦出場なしだ。小、中、高、そして大学も2年生までは思い通りにならないことなどなかったから、初めて経験した挫折であり敗北だった。ただ、それが良かったのか、社会に出てからは努力を惜しまなかったし、挫折や敗北があっても大騒ぎせずに済んだ。思い通りにならないことがあることを学んでいたからだろう。


③ハンディキャップがあった方が良い。


どこかを怪我しているとき、体調が万全ではないときの方が良いプレーをしたように思う。多分、無意識にエンジンの回転数が上がり、元気な細胞がそれに応えたのだろう。それから、低いタックルを褒められたことがあるが、これは私の身体が小さかったからできたとも言える。ハンディキャップがあるとアタマを使うようになるし、ハンディキャップも見方を変えれば武器になるものなのだ。


14才から35才まで現役でプレーしたが、ラグビーをしていたことが、私の人生を大きく変える人との出会いにつながり、今こうして幸せな人生を送らせてもらっている。


ラグビーに感謝。


所属する合唱団の先生が亡くなられた。


何度か大病をされ、その都度、不屈の精神で復帰しては私たちを驚かせた。少しずつ痩せていかれ、歩くときには杖を必要とされたが、ステージに上がるときには杖を置かれ、しっかりした足取りで登壇し、颯爽と指揮をされた。それを見た私たちが、「先生、本当にすごい回復力ですね」と言うと、先生はいつも「音楽のお陰です」とお答えになった。


先生の音楽との関わりの中で、私たちへの合唱指導は必ずしも大きな満足を得られるものではなかったと思う。何といっても、私たちは素人で、ろくに楽譜も読めないのだから。しかし、先生は毎回懇切丁寧に私たちを指導下さり、私たちは知らない間に「アヴェ・ヴェルム・コルプス」、「流浪の民」、「アヴェマリア」という難しい曲を何とか合唱できるようになった。先生のお陰だ。


その先生の告別式で挨拶をさせて頂くことになった。

何を申し上げれば良いのか迷っているとき、偶然、ガンジーの言葉を見つけた。


「明日死ぬつもりで生きなさい。永遠に生きるつもりで学びなさい」


明日が人生最後の日なら、今日という日を精一杯生きようとするだろう。しかし、その繰り返しを是とするならば、時間を掛けて何かを成し遂げようという意欲や希望を私たちは持ち辛くなってしまう。だから、明日死ぬつもりで生きる。しかし、永遠に生きるつもりで学べということなのだろう。


先生は延命治療よりも日常通りの生活を希望し、選択されたと聞く。先生のことだから、8月の発表会に向け、どのように曲を完成させていくか、ちゃんと考えておられたことと思う。一方では、毎週火曜日の練習には、覚悟を持って臨んでおられたかも知れない。


そう考えると、このガンジーの言葉が、先生からの最後のメッセージであるように思えてくるのだ。


合掌。


ボルネオ7番のブログ-白いバラ