ディズニーランドの「アフター5」に出掛けた。


ボルネオ7番のブログ-ディズニー


初めてディズニーランドを訪れたのは1986年3月だから26年前のことになる。以来、お盆休みには三人娘を連れてやって来るのが恒例行事となったが、子供中心のディズニーランドだから、思い出と言われると、行列、おんぶ、抱っこ、肩車、ベビーカー、駐車場出口の混雑と高速道路入口の渋滞・・・という裏方の思い出が圧倒的に多い(笑)


そういうディズニーランドに夫婦二人で行くとどうなるのか。多少ノスタルジックな思いもあったのだが、中に入ってしまうと、そんなことはすっかり忘れて楽しんいたように思う。行列は避けて空いているところを狙い撃ちしたが、「キャプテンEO」ではマイケル・ジャクソンの華麗なダンスに魅了され、「イッツ・ア・スモール・ワールド」では一見無邪気に見えるが実は妖艶なハワイアンダンスを踊る人形に圧倒された(笑)


食事は「カリブの海賊」の入口にあるレストランで取ったが、子供の世話がないと時間もゆったり流れるものなのか、いろんな話をすることができた。その後、「カリブの海賊」と「ウェスタンリバー鉄道」に乗ったのだが、まるで初めてのようにキョロキョロしてしまった。「なんか新鮮やなぁ」と言う私に、「子供が一緒だと景色より子供の顔を見ているのかもね」と妻が答えた。確かに、子供の喜ぶ顔を見るのが楽しみだったかも。


その夜は奮発してホテルオークラ東京ベイに宿泊した。以前なら眠ってしまった娘たちをマンションの駐車場から子供部屋までおんぶして連れて行った時間帯に、豪華なホテルの一室でのんびりと過ごす。ああ、なんという贅沢(^-^)/


ディズニーランドは少子高齢化の影響を受けないのかも知れないが、ひょっとすると私たちのような「大人需要」があるかも知れない。カップルの合計年齢100歳以上を対象とした特別プランを作れば、団塊の世代も対象にできるに違いない・・・って、こんな贅沢な時間に何考えてるねん、あかん、どうしても貧乏性が抜けへんわ(笑)


富士山に登ろう、と誘われた。


どうしたものかと迷ったが、迷うということは興味があるということ。

そして、興味があることには挑戦しようと決めたはずだ。

「行きます」と答え、取りあえず、登山靴を買いに行った。


登山靴を履くのは中学3年生の「八ヶ岳」以来かと思うが、何とまぁ、お洒落な登山靴が多いこと!「山ガール」と呼ばれるファッショナブルな女性たちが登場し、登山用品もどんどんお洒落になってきているのだろう。


趣味が登山という店員さんに進められて買ったのがこの登山靴(↓)


ボルネオ7番のブログ-登山靴


毛むくじゃらの足ですみません(笑)

足が短く見えるのは・・・短いからです(笑)


早速、試し履きに近くの駒場公園まで足を伸ばした。

駒場公園には前田侯爵の洋館がある。昭和初期の建物とのことだが、落ち着いた佇まいで品がある。


ボルネオ7番のブログ-前田侯爵邸洋館


洋館の脇には和館も建っている。前を通ると、掃除をされたばかりなのか、打ち水がされていて、とても涼しげに見えた。


ボルネオ7番のブログ-前田侯爵邸和館


敷地内に散歩道があり、ここを汗だくになって歩いた。脱水症状にはならなかったが、空腹感で倒れそうになったので3周で取り止め。


ボルネオ7番のブログ-散歩道


帰宅し、「お腹が空いた~!」と叫ぶと、妻が「ちょうど良かった。大好物があるわよ!」というではないか。まぁ、確かに、嫌いではないけど・・・・笑。


ボルネオ7番のブログ-バナナ


お腹が空いているときは、何を食べても美味しい。

健康に感謝(^O^)/

大興奮のスカイダイビングから一週間立った。


少し冷静さを取り戻し、ジャンプする前に気になったことを思い出した。

「窓」の効用と言おうか、窓を通して見る景色の違いと言おうか・・・。


飛行機は昇降口を開けたまま飛び立った。だから、その開いた昇降口から地上が良く見えた。


ボルネオ7番のブログ-開いたままの昇降口


最初は美しい景色に感動していたのだが、その内、「ここから一歩外に出たら、地上にまっ逆さまで命はないんだ」と気付き、思わず目をそむけた。


私が座っていた場所の右には窓があり、今度はその窓を通して外を眺めることになったのだが、不思議なことに、その恐怖心がスーッと消える。開いたままの昇降口からも、右手の窓からも同じような景色が見えるというのに、窓を通して見ると全く怖くないのだ。


高度4000メートルの上空にいるという危なさは変わらないのに、一枚の窓を通して外を眺めると恐怖を感じない。窓を通して見る景色は違って見えるということだろう。少し大袈裟かも知れないが、これは「窓という文明に守られた安心感」なのだと思った。


TVニュースは世界で起こっている戦争や紛争、災害を毎日のように伝える。それらを見て一瞬眉間に皺を寄せる私たちも、次の瞬間には別の楽しいことに気を取られてしまっている。これも、私たちはTVを通して現実とは少し異なる現実を見ているのかな、とそのとき思った。