長衛翁は山についての言葉をいくつか残しておられる。

( )内には著者の松尾 修さんが付けられた注釈をお借りした。


「山はでえじにしにゃーいけねえ」

(山からの恵みを糧に暮らす者、又、山のもつ崇高で雄大な自然の魅力を求めて訪れるものは、山の自然を大切にまもらなければならない}


「山は大きいでなぁ、どけえも逃げていかねえ。天気が悪かったらまた来るさ」

(山小屋の少ない南アルプスでは、天候の急変から動けなくなって山小屋に辿り着けずに遭難したり、悪天候の中での無理な行動から遭難することが多かった。長衛翁は天気が悪ければ無理をしたりせず、出直せば良いと諭しておられるのだ)


ボルネオ7番のブログ-渓流
(この透き通る水も山の恵みか)


「夏でも山は何が起きるか分からねえ、決して山を甘く見ちゃダメだぞ」

(夏山になると軽装で安易な気持ちで入山してくる登山者が増える。山への畏敬の念と自然に対する謙虚さが必要である)


「帰れる所までしか、行っちゃいけねえよ」

(到達点の標高を意識したり、未知なる景色を探求する気持ちが先行し過ぎて、安全に下山をするために必要となる体力や時間への配慮を忘れてはならない)


締めくくりには次の言葉が良いと思う。


「雷鳥は霧が出はじめると良く動く。これは多分、イヌワシや鷹から襲われねえからじゃねえかと思う。岩魚も台風前には数が出る。台風で増水して川が荒れる前にできるだけ食っておこうと考えてるんじゃねえかな。わしらは獣よりは知恵はついたが、その分、そういった自然を感じ取る何かが薄れちまったんだろうよ」


知恵と引き換えに、自然を感じ取る何かが薄れちまった・・・長衛翁ご自身も一度、雪崩に巻き込まれて重傷を負っておられるだけに重みのある言葉だ。その長衛翁が海辺に建つ原子力発電所を見たら何とおっしゃるだろう。ふと聞きたくなった。


次は、鹿の猟にまつわる話だが、狩り捕られる雄の悲しい習性を他人事と思えず、深く深く同情してしまった(笑)


梅谷知事が長衛翁にこう尋ねる。「長衛さん、以前に鹿を呼び寄せる笛を見たことがあるんだが、こちらでもそれを使っての猟はあるのかね?」


これに長衛翁が答える。


「わしらは、その猟を"笛鹿"と呼んどる。猟師うちでは、雌をメガ、雄をヲガと呼んどるが、"笛鹿"という獲り方は、交尾期にメガの鳴き声に似せた音を笛で鳴らして、ヲガがその音を頼りに近寄ってくるのを撃つというやり方じゃ。笛は竹や鹿の角に鹿の胎児の皮やヒキガエルの皮を張り付けて作るが、笛の音は"ピー"というなにやらもの悲しい響きがするんじゃ」


私が雄の鹿だったなら、この"笛鹿"にまんまと引っかかって、いの一番に撃ち取られ、「今日のヲガには警戒心っちゅうもんが全くなかったわぃ。余程モテない雄で、飢えとったんじゃろう」などと笑われたんやろうな(;^_^A ぐやじ~(笑)


ボルネオ7番のブログ-鹿

6月最後の週末、仙丈ケ岳に登った。


仙丈ケ岳は高山植物の宝庫で、南アルプスの女王と呼ばれている。その南アルプスで登山道を切り拓き、山小屋を建て、登山者の安全と南アルプスの開拓のために人生をに捧げた人がいる。「竹澤長衛」、地元では今もその偉業が伝えられ、人々の尊敬を集めている。


その長衛翁の遺徳を偲ぶ「長衛祭」が毎年開かれ、今年は55回目を迎えるのだとか。翌日には仙丈ケ岳への記念登山も予定されていると聞き、迷わず参加を申し込んだ。仙丈ケ岳には昨年も登っているが、雄大な景色と可憐な高山植物に心を癒された思い出がある。


信州への電車の中では、「竹澤長衛物語」を読んだ。地元にいる同級生が送ってくれたものだ。


ボルネオ7番のブログ-竹澤長衛物語


印象深い逸話がいくつも出てくるが、「リーダーとは?」「責任とは?」を考えさせる話が出てくる。1925年(大正14年)7月、長野県知事、梅谷光貞を案内して東駒ケ岳から赤石岳まで大縦走を行なったときのことだ。梅谷知事を始めとする役人が20名、その世話をする長衛翁を始めとする人夫が10名、総勢30名という大人数で山を往く。


ある日、北岳を登頂した一行は700m下の熊ノ平という露営地まで下りてくるが、風雨が強まり、気温が下がってくる。夏山とはいえ、雨の中を歩くと体力を奪われる。しかし、長く留まれば食料が不足する。長衛翁は天気をどう読むか、一人考える。そして、最終的には「天候の回復を待つ」と決断し、2~3日留まることを覚悟する。


しかし、不足する食料をどうするのか。長衛翁は再び一人で考え、結論を出し、役人たちにこう告げる。

長衛翁 「明日から食事を2食にする」

役 人 「全員か」

長衛翁 「いや、人夫は三度ずつ食べさせてもらう」


そして、これを聞いて激怒した役人にこう話す。

「わしらが空きっ腹で万が一事故や遭難が起きたらどうなる。何かがあった時には、わしらは皆様を背負わにゃならんのじゃ。山に来たら山案内人の言うことを聞いてもらわにゃ困る」。


感心したのは、その報告を受けた梅谷知事がこう漏らしたことだ。

「長衛さんの言う通りだ。本当に頼もしい案内人を雇ってくれましたね」。


この逸話を読むと、「自分の責任だ」と思ったときに、私たちは初めて物事を深く考えることができるのかなと思う。更に言えば、何かが起こったときに、自分の責任だと思える人だけがリーダーになれるのかな、とも思う。


(続く)