坂田好弘先輩は洛北高校、同志社大学、近鉄、日本代表のラグビーチームでウィングとしてプレーされ、その後、単身留学されたニュージーランドではカンタベリー州代表、ニュージーランド学生選抜にも選ばれたというスーパースターだ。私よりも13歳年上で、私が同志社中学でラグビーを始めた頃には既に伝説の人だった。
現役を引退された後は、大阪体育大学ラグビー部の監督として学生の指導に当たられ、関西大学Aリーグで5度、優勝に導びくとともに、多くの日本代表選手や指導者を育ててこられた。そして、最後のシーズンとなった2012年には、IRB(国際ラグビーボード)のラグビー殿堂入りを果たしておられる。そういうスゴイ人なのだ。
その坂田さんが本を出された。「心で見る」というタイトルだ。
坂田さんの名前は、大学に入ってから岡先生から何度も聞かされた。岡先生は、「坂田はな、真っ直ぐ走れるから、凄いウィングなんや」とおっしゃっていたのだが、坂田さんご自身がそのことを書いておられた。
「大学時代、岡さんにラグビー人生を左右する言葉を投げかけられたことがある。1年生の夏合宿、部内マッチでのことだ」と坂田さんは振り返っておられるが、ボールを持った坂田さんを猛然と追ってきた相手側のキャプテンを坂田さんは瞬時に左方向にステップを踏んで外すと、右手で顔をハンドオフして地面に突き落とす。そして、そのまま独走トライを上げ、意気揚々と引き揚げてきたら、岡先生に怒鳴り飛ばされたというのだ。
「坂田!ウィングは真っ直ぐ走れと言ったやないか。お前、いま逃げたやろ、真っ直ぐ走れ!」・・・が岡先生の言葉だったらしい。坂田さんは岡先生の言葉に衝撃を受けられるが、これがきっかけとなり、その後の大学4年間は「いかに真っ直ぐ走るか」がテーマになる。まさか岡先生が言い出しっぺだったとは知らなかったが、この言葉から坂田さんはチェンジ・オブ・ペースやクロス・ステップという技術を編み出し、やがてこれらを駆使してトライを重ねられるのだから、坂田さんが持っておられた最大の武器は素直さと好奇心だったのかも知れない。
その他、なるほど、そうやったんか・・・・と深く頷いたり、静かに感動したりという逸話が続く。そのいくつかをご紹介したいと思う。
(続く)
