半年ぶりのスーツがえらく窮屈だったので、「スーツが縮んだ!」と職場で騒いでいたら、「ついに中年太りですか?」と笑われた。確かに、「少年太り」とか「青年太り」は聞いたことがない。ただ、「中年」という言葉が気になった。私は中年と呼ばれて良い年齢なのか?


そこで調べてみたら、0~4才が「幼年」、5~14才が「少年」、15~24才が「青年」、25~44才が「壮年」、45~64才が「中年」、そして65才以上が「高年」という説明が出てきた。私は今年69才になるから、「中年太りです」と言うと年齢詐称になってしまう(笑)


更に調べていたら、「中年」を定義する言葉が出てきた。ローレンス・J・ピーターさんという教育学者の言葉らしい。


「自分より上の世代を批判する代わりに、自分より下の世代の批判を始めたら、もはや中年である。」


上手いことおっしゃる。そこで、ピーターさんを真似て「高年」を定義してみた。


「実年齢より上に見られるより、実年齢より下に見られることを喜び始めたら、もはや高年である。」


はい、これ、私のことです。年相応の貫禄や知性を身に付けないと、と反省中です。



米国の政治家、法律家、法学者で、カリフォルニア州地方検事、同州知事、連邦最高裁判所長官を歴任したアール・ウォーレン(1891~1974年)という人がいる。1948年の大統領選挙では共和党の副大統領候補でもあったようだ。


(Wikipediaからお借りしました)

そのウォーレンさんの言葉。


「私はいつも最初にスポーツ欄を開く。そこには人間が達成したことが記録されている。第一面は人間のしでかした失敗ばかりだ。」


どんなスポーツも、選手として活躍できる期間には限りがあるし、指導者としてそのスポーツに携われる機会も多くはないと思う。このところ、現役を引退するというラグビー選手の記事が目に付くが、スポーツ選手の良いところは失敗や負けることを経験し、そこからやり直すことの大切や面白さを学んで来たことだと思う。


そういう経験をさまざまな組織や教育の場で伝えながら、自らもチャレンジを続ける魅力的な第2の人生を送って欲しいと思う。

10年振りに高尾山から陣馬山まで歩いた。10年前はまだまだ元気で、平らな道があるとトレイルランをされている方を真似して走ったりもしたが、今回は「無理せず、花の写真など撮りながら、優雅にゆっくり歩く」と決めてからスタートした。


が、結局、花の写真は一枚しか撮らず、花を探すどころか、ひたすら足元を見て歩き、前を行く方に追い付くと「すみません、通ります」と出前を急ぐ配達のお兄さんのようになってしまった。体育会の血がまだ流れているらしい(笑)


(シャガというアヤメ科の花らしい)

翌日は身体中が痛く、以前、腰を痛めた時に頂いていた湿布薬をあちらこちらに貼ることになった。ついつい無理をしてしまうが、こんな西洋の諺を見付けた。

「牛乳配達をする人間は、これを飲む人間よりも健康である。」

一日も長く、配達できる側にいようと思う。