パティシエの ののりょうさんがブログで紹介されていたのを読んで以来、東京三大豆大福を早く食べたくて仕方ないのだが、なかなか買いに行く機会がない。と思っていたら、その内の一つ、原宿「瑞穂」さんの直ぐそばに私の勤務先が運営しているアパレル・ショップがあると知った。しかも、そのショップを見に行って欲しいと頼まれてしまった!何という幸運 ('-^*)/

瑞穂の袋
(東京原宿豆大福瑞穂印と読める紙袋)

ところが・・・瑞穂さんに着いたのは3時頃だというのに、「豆大福は売り切れました。そうですね、午前中なら間違いなくあると思います」とのこと((((((ノ゚⊿゚)ノ

瑞穂の最中

手ぶらで引き揚げるのも悲しいので、お店にあった最中を買わせて頂いた。その場で頂く訳にはいかないが、香ばしい香りが素晴らしくて、何度も香りをかがせて頂いた。

瑞穂の最中2

最中の皮には「瑞穂」の焼き印。思ったより厚みのある皮だったが弾力性があって歯応えが快かった。最中の餡は透明感のある爽やかな甘みで、とても幸せな気分になった。そして、ますます、豆大福への思いが募ることとなった(笑)
元ヤクルト・スワローズ宮本慎也さんのトークショーも聞き応えがあって、実に楽しかった。

彼はPL学園の出身で、3年先輩に桑田真澄と清原和博、1年先輩には片岡篤史と立浪和義がいたとか。強い時代のPL学園だが、意外に練習時間は短く、長かったのは個人練習の時間だったとか。同志社ラグビーが強かった時代も個人練習の時間が長かったと聞く。やはり、志の高い選手が揃ったときは強いということだろう。

同志社大学の硬式野球部では野口監督との出会いあり、「言い訳をしている間、成長はない。責任やミスを認め、潔く謝ることができて始めて同じ失敗をしなくなる」と野口監督から教えられたとか。私も同じように上司から教えられたことがあるだけに、それを言われたときの反発や、その後、ストンと落ちるように理解できたときの感動を思い出し、嬉しくなった。

しかし、何と言っても、いちばん印象的だったのは彼が冒頭に披露したお母さんの話だ。あれは彼が小学生のときの話なんだろうか、大事な試合の日に宮本少年は40度の熱を出してしまう。その彼をお母さんは病院に連れて行き、「この子は野球で死ねたら本望なんです」とお医者さんに解熱剤を注射するよう直談判されたのだという。

宮本少年はその日2試合に出場し、最後まで戦い抜くが、彼を支えたものは解熱剤ではなく、お母さんの言葉だったろう。母は強しというが、彼に戦う意味や姿勢を最初に教えたのはお母さんだったのだと私は思う。宮本さんとお母さんのトークショーを聞いてみたいなぁ!('-^*)/
関東在住の同志社卒業生が集う「春の集い」が今年も開催された。

春の集い

同志社大学の村田晃嗣学長による講演や、元ヤクルトスワローズ宮本慎也氏によるトークショーが行われ、約500人の校友が熱心に耳を傾けていた。私が面白いと思ったのは、国際政治学者である村田学長が「未来の予測は簡単ではない。なぜなら、人間の想像力には限界があるからだ。例えば・・」と例に上げられたお話だ。


「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は1985年にハリウッドで製作された映画で、主人公が30年前の1955年に行き、若かりし頃の両親に出会うという物語だ。その4年後の1989年、「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART 2」が作られているが、これは1985年から30年後の2015年に主人公が行くという設定になっている。その2015年を私たちは来年迎えようとしている。

では、1989年当時のハリウッドの想像力がどれくらい当たっているかだが、先ず、2015年の車は空を飛ぶことになっている。しかも燃料は生ゴミだ(笑)次に、映画に出てくる人たちは誰一人として携帯電話を持っていない(笑) 更には、主人公をクビにする社長が日本人になっているが、今、この映画を作ったら社長は中国人だろう(笑)


村田学長の軽妙な語り口にあちらこちらで笑いが起こったが、講演後は「分かり易かった」「日本市場が縮小するにしても、新しい技術や産業が生まれる可能性があるということだ」「必ずしも中国が世界最大の経済大国になるとは限らない訳だ」という感想が多かった。何を教えるかが重要だが、どう教えるかも大事だと思った次第。村田学長、ありがとうございました。

さぁ、30年後の世界を見るため、元気にのさばるぞ!(^O^)/