パンフレットの最後に、「カステロいろは歌留多」が掲載されていた。コーロ・カステロ50周年誌にメンバーの米田重雄さん(故人)が投稿されたもののようだが、何度も笑いに誘われながら楽しく読ませて頂いた。

カステロ いろは歌留多

私が所属する近所の合唱団も、コーロ・カステロほどではないにしても60代、70代の方が多く、しかも、私も含め素人がほとんどだから、「そうなんですよね!」と相槌を打ちたくなるものがいくつもあった。その中から、「お見事!」と思わずヒザを打った歌留多をお届けする。

「む」 無理なら唄うな 出るなら無理しろ
「や」 やたら rit. がしたくなり
「ふ」 譜面読めねば棒を見よ
「こ」 声の調律できたなら
「て」 テンポゆるめば元に戻れず
「さ」 下がれど上がれず
「す」 スリル満点、カステロの伴奏

米田さんという方は鋭い観察眼と豊かな表現力の持ち主だったのだろうが、こよなくコーロ・カステロとその仲間を愛した方だったのだろう。
第一部でいちばん印象に残った曲は、フォスター作詞作曲、スワニー河を歌った「故郷の人々」かなと思う。メロディーを知っていたこともあるだろうが、ソロを歌われた方の滑らかな歌声、それを支える他のメンバーの哀愁漂う歌声に心癒される思いがした。その後、パンフレットの説明に「フォスター自身はスワニー河どころかフロリダにも行ったことがなかったが、この歌がヒットしたため河は観光地になったという」とあるのを見て苦笑いしてしまったが、フォスターという人も想像力と豊かな感情に恵まれた方だったのだろう。

演奏の途中で行われた指揮者やピアニストの紹介もユーモアたっぷりでほのぼのとするものだった。指揮者の高嶋邦幸さんは国立音大の声楽科を出られ、成城合唱団の指揮者をされるなど成城学園とは深いご縁があったようだが、コーロ・カステロに対してはあくまでも聴衆の一人だったとか。それが、コーロ・カステロからの強い勧誘を受け、2012年に入団されたようなのだが、司会者がそれを「400kgのカツオ一本釣りをさせて頂きました」と紹介され、会場から拍手が湧いた。400kgは私の聞き間違いかも知れないが、高嶋さんへの敬意が込められた、素敵な紹介だったと思う。

ピアニストの宮下 節さんのことは「不測の事態にも慌てることなく、涼しい顔で伴奏を続けて下さる方です」と深い信頼と感謝を込めた紹介をされていた。会場が一層和やかな雰囲気になった。思わず吹き出しそうになったのは、その宮下さんの隣で楽譜をめくる役割を担っておられた方を「専属フメクリストの宮下氏です」と紹介されたことだ。「フメクリスト(譜めくりスト)」とは上手いことをおっしゃる。専属と聞こえたので、勝手に宮下 節さんのご主人かなと思ったのだが、違っていたら申し訳ありません。

さて、第二部では3曲のロシア民謡を含む5曲を披露されたが、圧巻は「ステンカ・ラージン」だったと思う。その前に歌われたロシア民謡の「ともしび」ではアコーディオンの音色に胸を締め付けられ、「ヴォルガの舟曳歌」では男声合唱ならではの厚みのある歌声に聴き惚れた。しかし、「ステンカ・ラージン」の真っ直ぐな力強さには、ただただ圧倒された。何の前知識もなく、この歌を聴いて私の好きにタイトルを付けて良いと言われたら、「男の純情」と私は名付けたかも。 男声合唱でしか表現できない力強さや男の健気さ、純情さがあったように思う。
今回のコンサートでコーロ・カステロはアンコール曲まで入れると18曲の歌を披露されている。中には昔から歌い続けてこられたお馴染みのものもあるのだろうが、これだけの曲を練習するのは大変だと思う。スポーツも音楽も、本番より練習に費やす時間の方が長いのだから。

コーロ・カステロパンフレット

もう一つ、今ごろ気付いたかと笑われそうだが、指揮者が担っている役割は実に重要で責任が重い。弟分の「城の音」の演奏も含めると3名の方が指揮に当たられたが、同じメンバーが歌っておられるのに、曲の趣が各々異なる。もちろん、メロディーも歌詞もテンポも異なるのだから当たり前だが、それ以上に、歌う方々が各々の曲に込める思いが違うのだと思う。その思いを引き出しているのが指揮者なのではないか。

以前、教育を意味する Educate の語源はラテン語のエデュカーテで、元々は「引き出す」という意味だと聞かされたことがある。教育とは、教えるというより、子供たちが元々持っているものを引き出すことをいう、という趣旨だろう。それと同じように、指揮者は各々の曲の成り立ちや背景、作者が思い描いた世界を出演者と共有し、その世界を表現するために出演者の感情を引き出すという重要な役割を担っておられるのではないか。

コーロ・カステロが「聴かせる演奏」を披露できるのは、それらの曲に込めることのできる豊かな感情をメンバーが持っておられ、更には、それを上手く引き出せる指揮者がおられるからだろう。帰りの電車で、常連と思われるご婦人二人がこんな会話をされていた。

「今日の演奏も素晴らしかったわね」
「当たり前じゃない。皆さん、いろんな経験をされてきた人ばかりなのよ」
「そうよね。きっと、これまでの人生でいろんなことがあったでしょうね」

声は出せなかったが、深く頷くことで同意を示した。