今朝、美しい虹を見た。



しばらく眺めたあと、なぜ「虹」という漢字は虫偏なんだろうと疑問に思った。そこで、インターネットで調べたら即座に「AI」が答えてくれた。

(以下、引用する)
「虹」という漢字に虫偏が使われているのは、古代中国で虹を竜になる大蛇が空を貫くことでできたものと信じられていたことに由来しています。「虫」は蛇を表す意味があり、「工」は貫くことを意味するため、この2文字を組み合わせることで「虹」という漢字ができました。古代中国では、虫は昆虫だけでなく、蛤や蝙蝠なども含めて虫の一種と考えられていました。
(引用終わり)

早いだけではなく見事な説明で、これでは「物知りおじさん」も「広辞苑」も敵わないのではと思った。AIに奪われる仕事がこれからどんどん増えると聞いているが、それを少しは実感できたように思う。

さて、AI に仕事を奪われないために我々に出来ることは何か? AI に詳しくないから自信たっぷりには言えないが、決断することかなと思う。AI は説明も提案もしてくれるが、決めるのは私、という勇気を持つことが我々には大事かなと思う。

その先人たちの哲学については、しんめいPさんによる「超訳の超訳」が各々の似顔絵の横に書かれている。



ブッダ「自分なんかない」

龍樹「全部、空」

老子「ありのままが最強」

荘子「この世は夢」

達磨「言葉はいらねえ」

親鸞「他力本願でOK」

空海「欲あってよし」


本を一通り読み終わると、この超訳の超訳も大変良くできていることが分かる(笑)


私が特に共感できたのは、龍樹が説いたとされる「空」についての説明だ。例えば、アメリカと日本は太平洋という海で隔てられてはいるが、そんな境界線は「幻」に過ぎず、海水がなくなれば陸でつながっているのが見える筈だ。そう考えれば、富士山はニューヨークにもパリにもか南極にもつながっているし、五大陸もすべての国もつながっているのが分かると説く。


だから、境界線のような幻が消えた「空」はどのような境地かというと、「虚無」ではなく「縁起」、すなわち「全部がつながっている」状態こそ「空」だとおっしゃるのだ。


人と自然もしっかりつながっている。例えば、「水」は雲として存在しているが、「雨」になって地上に降り注ぐと「山」に染み込んでその一部になり、やがて「川」と水道管を通ってあなたの家にやってくる。それを飲めば、水は「あなた自身」になる。だから、雲も雨も山も川もあなた自身とつながっているという訳だ。これを読んだときには、自然を汚してはいけないし、人間同士が戦うのは愚の骨頂だと自然に無理なく思うことができた。


地球の環境を守り、世界に平和をもたらせるのは仏教かなと思わせる程の説得力があった。

「自分とか、ないから」という挑発的とも投げやりとも取れるタイトルの本で、著者は「しんめい P」さん、副題は「教養としての東洋哲学」、更に帯には「東大卒・こじらせニートが超訳」とあるから、少し怪しい本かなと疑いながら購入したが、なかなかどうして、新たな気付きのある読書になった。

 

 
著者のしんめいPさんは東大に合格し、地元の小さな町で一躍有名人になる。しかし、卒業後に入社した大手IT企業で挫折、鹿児島県の島に移住して教育事業を立ち上げるも挫折、一発逆転を狙って芸人を目指すも挫折、そして離婚も重なり、引きこもりの生活に・・と自己紹介されている。
 
そんなしんめいPさんを救ったのが東洋哲学で、ブッダから始まり、龍樹、老子、荘子、達磨、親鸞、空海が説いたとされる各々の哲学と生きざまを「超訳」で紹介されている。その超訳が見事で、アッという間に読み終わり、確かに気持ちが楽になった。
 
(続く)