毎日新聞の朝刊に仲畑貴志さん選出の川柳コーナーがある。ときどき覗いては、世の中にはこんなにも鋭い観察眼と巧みな表現力をお持ちの方がおられるのかと感心する。



一昨日、「秀逸」に選ばれていたのはラグビーを詠んだものだった。


「ラグビーをよくぞ呼んだぞ闘球と」


ラグビー経験者なら選手時代に味わった痛みを懐かしく思い出すのでは。この作品以外にも「上手いこと言うなぁ」と感心した川柳があった。


「同期会やっていないと思ってた」

私にも案内の来ない同期会があるかも(汗)


「賢人会照れてる人は誰も居ず」

私が呼ばれることはないだろうが、万一呼ばれても末席に座ろう(笑)


そして、私が選んだ「秀逸」は次の作品。


「あちこちを傷付け丸くなった石」


最近、「ボルさん、表情が柔らかくなりましたね」と言われる。多分、回りの人たちにきつく当たって傷付け、それを後になって気付いて反省し、少しずつ相手のことを思いやれる大人になってきたのだと思う。


まだまだ尖っていると思うので、今後は私の尖りレベルでは傷付きそうにない、タフな人を探そうと思う(笑)

毎日新聞夕刊の第1面に母校の名前とチャペルの写真が出ていたので、何事かと思って読み始めたら、戦時下の同志社で学ばれた韓国の国民的詩人、尹 東柱(ユン ドンジュ)さんに関する記事だった。



尹さんは熱心なキリスト教徒で、1942年10月に同志社大に入学されるが、抗日独立運動への関与を疑われ、43年7月に逮捕されてしまう。その後、京都地裁で懲役2年の判決を受けた尹さんは福岡の刑務所に移送され、45年2月16日に獄死されている。


大学キャンパスには没後50年を記念して建てられた詩碑があるが、没後80年に当たる今年、学長の小原先生が「戦争の時代の同志社には明るい部分だけではなく誤りや失敗もある。その時代を象徴する人物に光を当てることで、当時の課題が今の私たちに投げかけていることを確認しよう」と学内で呼び掛け、検討を重ねた末、尹 東柱さんに名誉博士号を授与することが決まったらしい。素晴らしい決定だと思う。


記事は結びに、尹 東柱さんの詩碑に刻まれた詩を紹介している。韓国が日本の植民地下にあった1941年の作で、悲しみや憤りと共に、それを乗り越えようという強い意志や希望も感じるから、尹さんは特別な思いを抱いて同志社に来られた筈だ。今年は同志社開学150年の年でもあり、同志社のあり方を考えるに相応しい課題だと思う。


死ぬ日まで空を仰ぎ

一点の恥辱(はじ)なきことを、

葉あいにそよぐ風にも

わたしは心痛んだ。

星をうたう心で

生きとし生けるものをいとおしまねば

そしてわたしに与えられた道を

歩みゆかねば。

今宵も星が風に吹き晒らされる。

5年ぶりに人間ドックを受けた。



私の回りには「俺は人間ドックなんか受けない。そんな検査に頼るより、自分の感覚の方が大事だ」という人や、「下手に悪いところが見つかって、人間ドック依存症になるのは嫌だ」という人もいて、不思議とそういう方々が元気なものだから、ついつい私も人間ドックを敬遠してきた。

ところが、昨年、ラグビー部の先輩が続けて亡くなられたり、同級生から「癌が見つかり手術した」という連絡が続けて来たりしたものだから、さすがに少し心配になり、久しぶりに人間ドックを申し込んだ。

血圧測定、採血、視力と聴力の検査、肺のレントゲン、心電図、そして大の苦手の胃カメラの検査を終えた頃にはヘトヘトになっていたが、身体だけは買い換えも交換もできないし、この身体のお陰でラグビーや登山を楽しみ、最近は合唱やバイオリンでもお世話になっているのだから、もう少し労らないといけなかったのだろう。

最近になり、「身体は資本」を実感できるようになった。身体は約70年間、私の夢の実現や仕事、趣味のために働き続けてきた。考えてみると、一番私の言いなりになり、私のためだけに動いてくれのはこの身体だろう。会社に事業を興し発展させるための資本があるように、私には身体という資本が与えられていたのだ。多少痛めてしまった面もあるけれど、まだまだ使える大切な資本だ。大事にしようと思う。