インドの友人から送られてきた「インド独立の父」マハトマ・ガンジーの逸話だ。正義感の強い誇り高き人物だったようだが、ユーモアのセンスがある上に頭の回転が速く、インド人からすれば溜飲を下げることのできる逸話なのだろう。

Mahatma Gandhi .....
A lovely little anecdote, about one of life's more interesting characters .......
マハトマ・ガンジー、興味深い人格を示す愛すべき逸話

マハトマ・ガンジー

When Mahatma Gandhi was studying law at the University College of London , a professor, whose last name was Peters, disliked him intensely and always displayed animosity towards him. Also, because Gandhi never lowered his head when addressing him as he expected, there were always "arguments" and confrontations.

マハトマ・ガンジーがロンドン大学ユニバーシティカレッジで法律を学んでいた時、名字をピーターズという教授は彼を毛嫌いし、いつも敵意をむき出しにしていた。又、ガンジーは教授に話しかける際、教授の期待に反し、頭を下げなかったため、二人はいつも論争し、対立していた。

One day, Mr. Peters was having lunch at the dining room of the University, and Gandhi came along with his tray and sat next to the professor. The professor said,"Mr Gandhi, you do not understand. A pig and a bird do not sit together to eat." Gandhi looked at him as a parent would a rude child and calmly replied, "You do not worry professor. I'll fly away," and he went and sat at another table.

ある日、教授が大学の食堂で昼食をとっていると、自分のトレーを持ったガンジーがやって来て教授の隣に座った。教授が「ガンジー君、分かっていないようだね。豚と鳥が一緒に食事をすることなどあり得ないんだよ」と言うと、ガンジーは躾がなっていない子供を見る親のような目で教授を見ると、「ご心配なく、教授。私は直ぐにここを飛び去りますから」と静かに答え、別のテーブルへと移動した。

Mr. Peters, reddened with rage, decided to take revenge on the next test paper, but Gandhi responded brilliantly to all questions. Mr. Peters, unhappy and frustrated, asked him the following question:

教授は怒りで真っ赤になると、次の試験でリベンジすることを決意した。しかし、ガンジーは全ての問題に見事な解答をしてしまう。教授はそれが面白くなく、不機嫌になって次の質問をした。

"Mr Gandhi, if you were walking down the street and found a package, and within was a bag of wisdom and another bag with a lot of money, which one would you take?"

「ガンジー君、道を歩いていたら箱があったとしようじゃないか。中には智慧の詰まったバッグと、もう一つ、大金の入ったバッグがあったとすると、君はどちらを取るかね?」

(続く)
ラグビー戦でアキレス腱を切ったとき、今は亡き母から「怪我は我を怪しむと書くやろ?自分に何か原因があったかも知れんなぁ」と言われたことを覚えている。その翌日に外科手術を受け、約40日間入院したが、ろくに練習もせず、いきなりゲームに出たのだから、体力への過信が怪我の原因だったことに間違いない。

花1

さて、ジョギング中に転んでから4週間経った。包帯でぐるぐる巻きにしていた膝と肘の傷もバンドエイド合計4枚で済むまで小さくなり、昨日は久し振りにジョギングに出掛けた。母に言われた通り、今回の怪我も体力への過信か、衰えを認めたくない意地っ張りが原因だろう。そう思い、昨日は意識してゆっくり走った。

花2

ゆっくり走ると、いろんなものが目に入ってくる。犬を連れて散歩している人が多いのは知っていたが、大きさも形も色もさまざまであることが良く分かった。それより可笑しかったのは飼い主を引っ張る犬もいれば、飼い主に引っ張られる犬もいたことだ。犬にも性格があり、又、その日により気分も違うということだろう。

花3

公園の中の花壇にも立ち寄った。父は晩年、美しく咲く花を写真に収め、良く送ってきてくれたが、当時の私は文字通り「花より団子」で、花の写真をしみじみ見ることはなかった。そういう父や母のことを思い出すと、大人というのは同じ時代を生きていても違う景色を見たり、異なる考え方ができる人のことを言うのだろう。

私も早く大人にならないと ^^;
青空に浮かぶ白い雲も、可憐に咲く高山植物も、心を癒してくれる素晴らしい存在だが、私にとり、最も山に戻りたいと思わせるものは「山で見る夜明け」の素晴らしさだと思う。

夜明け前1

東の空が少しずつ明るくなり、白い雲海、黒い山並み、その上に広がる青い空との隙間にオレンジ色の帯が広がり始める。いつもうっとりしながら見とれてしまう美しい光景だ。

夜明け

やがて太陽が地上に出て、力強く眩しい光を放ち始める。横にいた晴れ男、K川を見たら、きちんと背筋を伸ばし、手を合わせて太陽を拝んでいた。晴れ男の面目を保てたことに感謝していたのだろうか。結局、2日目も雨やガスには遭わなかった。

照らされる雲海

太陽が雲を照らし始めると、オレンジに光る雲が何とも優しい気持ちにさせてくれる。その頃には周りもすっかり明るくなっているが、そういうお日様のありがたみを普段の生活ではすっかり忘れているように思う。お日様だけではなく、山の中では自由にならない水、電気、電話、トイレ、タクシー、コンビニの有難さが良く分かる。山の中は不便だと思いがちだが、実は普段、私たちは便利すぎる生活をしているのだろう。

三人

狼男、じゃなかった、晴れ男を見事に実証したK川(左)と今回の登山を企画し準備してくれたM柴(中央)に感謝。下山後は温泉で汗を流し、名物のソースカツ丼を一緒に食べた。ラグビーの現役時代、彼らは背番号2番、3番という人間より動物に近い連中だったが、私という友人に恵まれ、立派なオトナになった。持つべきものは友(笑)

ご褒美

こういう時間が持てると、多くの友人知人より、数少ない親友の方が有難いと心から思える。感謝。