その木村先生が面白い話をされていた。私たちの脳細胞は減って行く運命にあるが、脳細胞と脳細胞をつなぐ回路は増やせるというのだ。では、どうすれば増やせるかというと、「知識欲」があれば良いとおっしゃる。何かを知りたいと思えば、脳細胞をつなぐ新しい回路ができるというのだ。何かを知りたいと思う気持ちが脳にスイッチを入れるのだろう。

 

もう一つ、愛に包まれると新しい回路が増えるともおっしゃる。これも興味深い。例えば、認知症の方を博物館や美術館に連れて行き、見守っていると、何か話し始めることがあるんだそうだ。同じように、音楽を聴いたり、芸術に接していると、残っている脳細胞と脳細胞が新しくつながり、脳が動き始めるというのだ。不思議な現象だが、脳細胞が減って行くことはどうしようもないのだから、アンチ・エージング(Anti-Aging)も良いが、クリエイティブ・エージング(Creative Aging)という考え方が大事だとおっしゃった。全くその通りだと思う。

 

話は「幸せなら手を叩こう」に戻り、先生は「なにを大事にすれば幸せでいられるか」について話された。これが短くて分かり易い。早速、手帳に書いて毎朝眺めることにした。

 

「し」・・・知ること、

「あ」・・・愛すること、

「わ」・・・輪を作ること、

「せ」・・・世界に目を向けること。

 

お話の感想を求められたので、私は次のように述べた。

 

「若い頃、ラグビーをしていたのですが、頭を一度ぶつける度に1万個の脳細胞が死ぬんだと言われました。そのラグビーを21年もやりましたので、私の脳細胞は壊滅状態にあると悲観しておりましたが、新しい回路を作れば良いのだと知り、久し振りに明るい気持ちになれました。私はこれをラグビー仲間に伝え、諦めるのは早いと励ますようにします。」

 

木村先生、ありがとうございました。

1964年の東京オリンピックの年に、坂本九さんが歌った「幸せなら手を叩こう」は日本で大ヒットし、その後、世界に広まってあちらこちらで日本語のまま歌い継がれているのだとか。その「幸せなら手を叩こう」の作詞者である木村利人先生のお話を聞く機会に恵まれた。

 

木村先生は早稲田大学在学中の1959年にYMCA主催の農村復興ボランティアとしてフィリピンを訪れ、現地の青年たちと共に働き始めるが、予想以上に反日感情が強いことに驚かれる。当時の日本は「最早戦後ではない」が流行語になるほど順調に経済成長を続けていたが、フィリピンでは多くの国民が戦争の犠牲になった上、経済も停滞していたことから、日本に対する憎しみや恨みが根強く残っていたらしい。ところが、共に汗を流している内に、戦争で家族をなくしたという一人の青年がやって来て、「日本を憎んできたが、あなたのことを好きになろうと思う。友達になろう」と言ってきてくれたのだという。その時、先生は「戦争をしてはならない。何としても平和を守らねばならない」と切実に思われ、その思いを「幸せなら手を叩こう」に込められたとのこと。

 

そういう先生の熱い思いや温かなお人柄が伝わってきたが、実は、先生はバイオエシックス(生命倫理学)の第一人者で、自己紹介を始められたところ、錚々たる大学の名前が次々に出てきて驚いた。こんな具合だ(↓)

  

1965〜69年タイ・チュラロンコン大学講師、1970-72年ベトナム戦時下のサイゴン大学で研究と教育に従事、1972-75年スイス・ジュネーブ大学大学院教授、世界教会協議会(WCC)エキュメニカル研究所副所長、1975年早大法学部講師、1978年アメリカ・ハーバード大学研究員、早大人間科学部教授、1980年以降ジョージタウン大学・ケネディ倫理研究所・国際バイオエシックス研究部長及び同大学医学部客員教授など約40年にわたりバイオエシックスのパイオニアとして研究と教育に従事。2006から2012年恵泉女学園大学・学長、東京女子医科大学大学院特任講師。

 

因みに、バイオエシックスとは生と死に医療がどのように関わるべきかを考える学問で、遺伝子治療や生命維持、クローンなどがその対象になるとのことだが、先生のお話から、医療技術が進歩した分、生と死については私たち自身が各々しっかりした考えを持たねばならないと思った。

 

(続く)

後半5分から12分まで、東海は大東大をゴール前で釘付けにする。敵陣に居座るのは良いことだが、スクラムに固執し、結局トライを取れずに戻されたのは痛かったように思う。大東大は前半から果敢にタックルに行ってはいるが、ボールを殺し切れていなかった。そういう場面を見てきたので、東海としてはBKにボールを回し、ポイントをずらしてみる方法はあったのかなと思う。結局、大東大のFW、BK一体となった攻撃を受け、大きく戻された。

 

その後は一進一退の展開となるが、27分、ペナルティを得た東海が大東大ゴール前に蹴り出し、マイボールラインアウトからモールにして攻撃、4つ目のトライ(ゴール)。28-0。やっと35分になって大東大が反撃のトライ。自陣10m付近のラックから右オープンに回し、最後はFBが抜けてトライを奪う。ゴールも成って28-7。前後半を通じ、東海ペースのゲームではあったが、後半は7-7の同点なので、双方に反省材料を残したゲームだと思う。

 

前に出るときの東海は攻守ともに強く、安定感がある。しかし、後半13分、東海ゴール前から大きく戻されたときは下がりながらのディフェンスとなり、セットプレーからのディフェンスに比べると迫力に欠き、層も薄く見えた。大東大としては、前半、もう少しキックを多用して東海FWを後ろに下げたり、BKディフェンスの出端をくじく等の工夫があっても良かったのかなと思う。

 

2週間連続で関東大学のゲームを観たが、いずれのチームも良く鍛えられ、基本に忠実で、まだまだ強くなる可能性があるように思った。又、ゴールキックの成功率が高く、どのチームも僅差のゲーム展開におけるゴールキック(又はペナルティゴール)の重要性を認識していることが良く分かった。この辺りの意識は関西より数段高いように思う。