お取引先と世間話をしていたら、「好きな言葉はありますか?」と尋ねられた。そこで、古代ローマの詩人、セネカの言葉を紹介した。

 

「君が長生きするかどうかは運命にかかっている。だが、充実して生きるかどうかは君の魂にかかっている。」

 

お取引先も素敵な言葉だと思って下さったようだが、少し首を傾げ、「ところで、魂というのはどこにあるんでしょうね?」と聞いて来られた。これには直ぐに答えられなかった。私にも魂はあると思うが、取り出したことがないし、見たことも触ったこともない。

 

その後、ラグビー部のOB会が京都であり、新幹線で向かったのだが、読書にも身が入らず、ずっと魂の在り処を考え続けた。そして、手帳を取り出すとこう書いた。

 

「魂は普段、身体のあちこちに散らばっている。ところが、素敵な音楽が聞こえると耳に、雄大な景色が目の前に広がると目に、嬉しいことがあると心の回りに、危ないことがあると頭に集まってきて、私たちに感動や力を与えてくれる。」

 

お取引先はこれで納得されるかな?

 

(京都鴨川の清涼床)

「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」

 

ビートたけし(北野武さん)の言葉だと思うが、何と上手いこと言うんだろうと感心した覚えがある。集団でいるだけで心強く思ったり、乱暴なことができてしまったりする群集心理を鋭く突いたもので、周りの人たちも「分かるなぁ、そう思うときが俺にもあるもん」と照れながら言っていた。

 

この言葉が有名になった漫才ブームは1980年代のことだと思うが、当時は日本の経済も成長を続け、私の勤務先も年々売上を伸ばし、ベースアップと呼ばれる基本給の上方見直しが毎年あった。今から思うと恵まれた時代だが、次々にやって来る仕事を如何に速く、正確に処理できるかが重要だったように思うから、「赤信号でもこのメンバーならリスク承知で渡ろうよ」という協調性や強い仲間意識を持った人が好まれ、チャンスを与えられ、そして活躍もできたのかなと思う。

 

しかし、これからの時代はどうなんだろう。情報が溢れる割には予測できなかったことが頻繁に起こるし、過去の成功体験が役に立たないどころか足を引っ張ることまである。何と難しい時代を迎えているのかと思ってしまうが、こういう時代に必要なのは各々が深く考え、思うところを率直に述べ合うことかなと思う。ひょっとすると、マイノリティの意見や考え方の中にもハッとさせられるものがあるかも知れない。

 

 

 

ロックな詩人ツヨシさんの作品だが、これも上手いこと言うなあと感心した。自分が自分でいるためには、「赤信号 みんなが渡っても 俺は渡らん」という勇気や意地が必要だろう。さて、私は持てるだろうか。

勤務先を定年退職し、生まれ故郷に転居されたH谷さんが上京された。H谷さんは私と同い年。仕事で知り合い、話をする内にそれが分かって一気に親しくなった。ヒーローなら鉄腕アトム、鉄人28号、エイトマン、野球選手なら長嶋茂雄、王貞治、村山実、車ならホンダS600、マツダ・キャロル、トヨタ・パブリカ・・と互いに通じる固有名詞がぽんぽん飛び出し、大いに盛り上がったものだ。

 

そんな私たちも還暦を迎えた。子育てが終わり、勤務先では定年を迎え、 これからの人生を考える時間の余裕ができた。しかし、余裕とは選択肢が広がることでもあり、却って考え過ぎたり迷うこともある。私たちを車に例えれば新車ではなく中古車、ガソリンも満タンではなく残り20ℓ(笑) さて、どこを目指して走ろうかという状況だろう。H谷さんも故障を修理しながら行き先を模索中という感じだった。 

 

翌朝、互いに再会を喜ぶメールを交換したが、H谷さんには次のようなメッセージを入れた。

 

「お互い、髪は薄く白くなり、身体にもガタが来ていますが、失ったものより未だ残っているもの、これから得られるものに目を向けましょうね」。

 

朋有り遠方より来たる、また楽しからずや。H谷さん、又、会いましょう。それから、お土産ありがとう。めちゃ美味しかったです。