同志社混声合唱団の練習に参加した。私にとっては8回目の練習で、相変わらず最後尾を走るメンバーには違いないが、毎日、バスの練習用CDを繰返し聴くことで少しずつメロディーが頭に入ってきたように思う。その分、心に余裕ができ、以前より先生のお話を聞けるようになった。

2番の練習での注意、「皆さん、神様が光を作られ、昼と夜ができた。ですから、この光は電球一個の光とはレベルが違う。真っ暗な都会、例えば電気が一つも点いていない渋谷を想像して下さい。そのマスタースイッチが入り、一度に全ての電気やネオンに明かりが灯る。その衝撃を表現しましょう」。



3番の練習での注意、「ここはもっと激しく壊して下さい。絶望と激怒と恐怖で一旦全てを破壊するんです。破壊し尽くして何もない状態にするんです。そこに初めて神様の望む世界が造られる。だから、このあとメロディーも言葉も急に優しくなるんです」。



感心したのは、そういう注意の後の合唱が変わることだ。喜びや驚き、怒りや恐怖という感情が合唱に出てくるように思う。私も感心している場合ではなく一緒にそういう感情を表現しないといけないのだが、楽譜から目を離せないからそれができない。もっと努力しようと思う。

5月4日に行われた第100回慶應義塾・同志社ラグビー定期戦の最後を締めくくる実行委員会が開かれた。回収と支払いが全て終了し、担当委員から収支報告が行われた。大変嬉しいことに黒字で事業を終えることができ、そんなに大きな金額ではないにしても、両校で仲良く折半し、現役学生たちのために使えることとなった。

 

 

準備に2年半を費やし、いろんな課題を一つひとつ片付けて行く内に、実行委員会は自然に「ノーサイド」になった。ノーサイドとは相手に対して敬意を持つことだろう。又、一人ひとりがそれぞれの持ち場で貢献したのに、誰一人それを主張しなかった。みんな自分のポジションに誇りと責任を持ったのだろう。

 

ラグビー選手だった父の口癖は「ラグビーやってる奴に悪いのは居らん」だったが、ひょっとすると、悪い奴でも良い奴に育ててしまう力がラグビーにはあるのかも。あっ、いやいや、皆さん、ギクっとしなくて大丈夫です。これ、私のことです・・という犠牲的精神もラグビーは養ってくれる(笑)

暗譜で臨む発表会が終わった。舞台から引き揚げるとき、みんな晴れ晴れとした表情をしていたから、努力が実ったという達成感を得られたのだと思う。本当に良かった。

 

 

うたおうかいの打上げパーティには音楽教室の先生方も来られたが、中に声楽の先生がおられた。世界70カ国の国歌を歌われるということで新聞にも取り上げられたことのある先生だが、少しだけ専門的なアドバイスをということで、同じ「あ」でも日本語の「あ」とフランス語やイタリア語の「ア」では音を出す場所や口の形が違う、浅い「あ」もあれば深い「あ」もあるという興味深いお話をされた。

 

その後、プロとアマチュアの違いについて話され、プロはお客さまを満足させなければいけないが、アマチュアは自分が満足できれば良い、そういう意味では、本日、趣きの全く異なる3曲をそれぞれ楽しんで歌っておられ、本当に素晴らしい舞台だったと思う、とおっしゃって下さった。その通りかなと思う。プロは絶えず最高でいなければならないが、アマチュアは去年より今年、昨日より今日の方が多少でも上手ければ満足感や達成感を得られる。それを楽しみに、これからも練習に励もうと思う。