沖縄のホテルで食事をしていたら、「同志社の卒業生ですか?」と後ろのテーブルに居られた紳士から声を掛けられた。私が着ていたラグビー部のTシャツに同志社の校章がプリントされており、それをご覧になられたらしい。

「はい、1978年の卒業で、ラグビー部に在籍していました」、「そうでしたか。私はワンダーフォーゲル部のOBで、1969年の卒業です」という自己紹介から同じ体育会出身ということが分かり、初対面とは思えない楽しい会話をさせて頂いた。

普段は卒業生であることを意識などしていないが、同級生や同窓生と会うと同志社の卒業生であることと、新島先生が私たちに残された言葉を思い出す。

(校祖 新島襄先生)

「わが校の門をくぐりたるのものは、政治家になるもよし、宗教家になるもよし、実業家になるもよし、教育家になるもよし、文学者になるもよし、且つ少々角あるも可、奇骨あるも可、ただかの優柔不断にして安逸を貪り、苟くも姑息の計をなすがごとき軟骨漢には決してならぬこと、これ予の切に望み、ひとえに希うところである。」


はい、政治家にも宗教家にも実業家にも教育家にも文学者にもなれず、角だけは未だに少々あるようですが、軟骨漢にだけはならないよう努力します(笑)

長女の家族と一緒に沖縄を訪れた。往路では富士山がきれいに見えた。



美らヤシパークオキナワの東南植物園では美しい蓮の花に癒され・・・



ぼうけんの国ではザリガニ釣りに挑戦するも、孫娘に圧倒され・・・


しかし、最も印象深かったのは初めて体験したシュノーケリングだ。あんな浅瀬に色とりどりの魚やナマコ、ヒトデがいるとは思わなかった。孫娘が絵日記を描いていたので、私もそれを真似し、約60年振りの絵日記に挑戦した。


実際にはもっと美しく神秘的な世界だった(笑) 


私も参加できるよう、年齢制限が70才までOKというクラブをわざわざ探してくれたらしい。家族と健康に感謝。

昨日、70才の誕生日を迎えた。70才の節目をなぜ「古希」というのか。これもAIが即座に教えてくれた。


「古希(古稀)は、数え年70歳、満69歳のお祝いのことで、中国の詩人、杜甫の詩の一節「人生七十古来稀なり」に由来します。この詩は、70歳まで生きることは非常に珍しいという意味で、長寿を祝う言葉として使われるようになりました。」


今や日本人の平均寿命は軽く70才を超えているから、医療体制の整った平和で豊かな日本に生まれ育ったことに感謝しなければと思った。


いくつかお祝いのメッセージを頂いたので、ウケ狙いで次のように返事した。


「もの忘れが激しくなるらしいので、先ずは年齢を忘れることにしました。」


「肉体年齢は70才、精神年齢は35才、頭の中身は10才で止まってます。」


「憎まれっ子世に憚ると言います。私はもう少し長生きしたいので、努力して憎まれっ子になります。」



70才はラグビーゲームなら後半の後半、我慢比べの時間帯かなと思う。サボりたい誘惑に負けず、まだまだ動き回ろうと思う。