もう一つ、印象に残る記述があった。

「戦後の占領下でマッカーサーに押し付けられた憲法だから改正すべきでは?」という質問があったのだが、そう感じている人は案外多いように思う。戦争放棄や軍隊不所持を謳う憲法だけに、これは当時日本を占領していた連合国側から押し付けられたものだと言われれば説得力があるし、事実、私もそう思っていたからだ。

しかし、これを提案したのは幣原喜重郎首相(当時)で、同首相とマッカーサーとの生々しいやり取りがマッカーサー回顧録に出てくるというのだ。その抜粋を興味深く読ませてもらった。

「1946年1月24日、幣原喜重郎首相が私の事務所を訪れ、新憲法を書き上げる際にいわゆる『戦争放棄』条項を含め、その条項では同時に日本は軍事機構は一切もたないことをきめたい、と提案した。そうすれば、旧軍部がいつの日か再び権力を握るような手段を未然に打ち消すことになり、(中略)二重の目的が達せられる、というのが幣原首相の説明だった。更に、日本は貧しい国で軍備にお金を注ぎ込むような余裕は元々ないのだから、日本に残されている資源は何によらずあげて経済再建に当たるべきだ、と付け加えた。私は腰が抜けるほど驚いた。」


終戦から73年、戦争を知る人たちが少なくなったが、今もご健在の方が出てくると、「戦争だけはいけません」とおっしゃる。私の伯父は戦地で亡くなったし、父も終戦がもう少し遅ければ生きては帰れなかったと言っていた。その戦争と深く結び付く憲法なのだから、一人ひとりがきちんと考えて答えを出さないといけないのだと思う。
ある勉強会でご一緒している加藤保弥さんの著書だ。勉強会でも何度か憲法改正に関するお考えを伺っているが、今回は多くの人が聞きたいであろう22の質問に対し、加藤さんが分かりやすく答えるという形で編集されている。


例えば、「日本の防衛は米軍が主役で、自衛隊はその補完的存在に過ぎない。憲法第9条を改正して堂々と軍隊を持つべきでは?」という質問が出て来るが、これに対する加藤さんの回答は明快だ。

「国を守るのは自国民自身であり、他国にその主役を任せるのは間違っている。現実に万一他国の侵略を受けた場合、自衛隊は自衛隊法に基づき直ちに応戦する。米軍には日米安保条約に基づく義務があるが、その時の国際政治の状況によってはどうなるか、こればかりはその時になってみないと分からない」・・・なるほど、国際政治の歴史を見れば条約の無視や一方的な破棄は数多くあったし、自衛隊こそが必ずや我が国を守ってくれる武力組織だ、というのが加藤さんの基本的な考えなのだ。

ただ、ここからが大事なポイントだが、日本は憲法第9条で国際紛争の武力による解決を行わず、そのための軍隊も交戦権も持たないと謳っているのだから、「自国を侵略していない他国に対し、自衛目的の武力組織である自衛隊が武力侵攻したり、他国間の戦争に参戦することは憲法違反である」と説いておられる。その通りだ。よって、改憲の目的が自衛隊の他国への派遣や他国間の戦争への参戦にあるなら、この平和憲法の大前提が変わることになる。

だから、国民投票前にきちんと理解し、考えようと呼び掛けているのがこの本だ。頭を整理するには最適かと思う。
滋賀県能登川にある「止揚学園」の園長さん、福井 生さんが書かれた本だ。止揚学園は知能に重い障害を持つ人たちが共に暮らす家で、福井さんのご両親がそこで働いておられたことから、福井さんもそこで生まれ、障害を持つ人たちと一緒に育っておられる。


福井さんも、そのお父様も同志社の神学部を出ておられ、そんな関係からか、止揚学園の存在は同志社中学時代の恩師から教わり、以後、僅かだが毎年クリスマスに寄付をさせて頂いている。そんなご縁から福井さんの講演を東京で聞く機会があり、この春に出版された本も買わせて頂いた。

本には18のエピソードや人物が出て来るが、読み進むにつれ胸が締め付けられ、目頭が熱くなるのを感じた。関西学院大学の藤井美和教授が学生たちと止揚学園を訪れたときのことを「推薦の言葉」の中に記しておられるが、それが良く分かった。そのまま写させて頂く。
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「言葉にできない」、「ヤバイところに来てしまった」。昨秋、学生たちと久しぶりに訪ねた止揚学園で、その帰り際、彼らが涙しながら語った言葉です。学生たちの見た止揚学園は「障害者施設」ではなく「あたたかい家」でした。私たちは施設の見学者ではなく、お家を訪ねたお客様としてあたたかく迎えて頂きました。食前の祈りを共にし、そば打ち師匠のおそばに舌鼓を打ち、一緒に語り、歌い、楽しいひとときを味わいました。そして帰りには、止揚学園の仲間全員が外に出て、寒い中、一生懸命手を振って見送ってくださいました。「またきてね~」と見えなくなるまで。
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本を読むだけで学生と同じ気持ちになった。多分、止揚学園で暮らす人たちは、私たちをそのまま受け容れてくださる人たちで、私たちはそれを知っているくせに、普段はそういう方々の存在そのものを心の奥底にしまい込み、忘れようとしているのだろう。