ラグビー部のS井先輩のお通夜に参列した。浄土真宗大谷派のお坊様が来られたが、今回も葬儀の時にだけ呼ばれてくる、職業としてお経を上げるお坊様なのだろうと思っていた。どう見ても若いお坊様だし、仏教のあり方に批判的な私としては、S井先輩のために不満には思うまい、というような心境だった。

ところが、お経がものすごくお上手で、良く通る声で朗々と唱えられる。聞き惚れるとはこのことで、意味は全く分からないが、静かに耳を傾けて最後までお経を聞かせて頂いた。その後、お坊様が「少しお話をさせて下さい」と席を立って私たちの方を向かれた。

「みんなが自分のことを第一に考えると争いになるし、それが国同士なら戦争にもなります。だから、他の人のことを考えないと和は保てません」というお話から始まり、その後、S井先輩が大学ラグビー部で主務という役割を引き受け、グランドで戦う人たちのこと先ず考え、支えて来られたこと、この葬儀にしても自分で遺影を準備しておくなど、お子さんたちに負担をかけないようちゃんと計画し、手配されていたことを明かされた。如何にもS井先輩らしいと感心したところで、お坊様は「皆がこのような生き方をすれば素晴らしい世の中になる」と結ばれた。


どうせ、もっともらしいことを話されるだけだろうと予想していたから、お坊様がちゃんとS井先輩の生きざまや人となりを話されるのを聞いてすっかり感動してしまった。私の隣におられたK野先輩も下を向いて頷いておられたから、私と同じように感動されていたのだろう。お葬式に参列すると、ガッカリさせられるお坊様が多いが、今回は違った。これもS井先輩のご準備があったのだろうか。
同志社の今出川キャンパスでパスケースを落とした。3月10日、日曜日のことだ。急ぎ、小雨が降る中、来た道を戻ったが見付からない。30分後にはラグビー部のOB総会に出席する予定だったから、職員の方に教えられるまま、正門の門衛所に落とし物をしたことを伝え、OB総会の会場へと向かった。

翌日の月曜日、パスケースが出てきていなくてもショックは受けまいぞ、と半ば覚悟して門衛所に電話を入れたのだが、明るい声が返ってきて、「ありましたよ!清掃の方が見付けて、つい先程、こちらに届きました」とのこと。思わず、あ~、良かった~、と言ってしまい、慌てて有難うございましたという感謝の気持ちを伝えた。


このパスケースは三女が初月給の中からプレゼントしてくれたものだ。その気持ちが勿論嬉しかったが、三人娘の親としては何とか子供たちに対する責任を果たし終えたと思える修了証のように思え、以来、毎日肌身離さず持つようになっていた。

京都までパスケースを取りに行くのは大変なので、それは京都在住のラグビー部後輩、K合君にお願いした。忙しい中、彼は大学まで取りに行き、メッセージを添えて東京まで送ってくれた。社会では不安になる事件が相次ぐが、世の中には良い人や親切な人がちゃんといる。それを思い出させてくれる落とし物だった。
ラグビー部の大先輩、S井さんが亡くなられた。91歳。昭和25年のご卒業で、学生時代は何もかもが不足した戦後の日本と重なる。S井先輩は主務を務めておられたから、食料やジャージ、スパイクの確保に苦労されたというお話を聞いたことがある。

卒業されてからはOB会の東京支部を立ち上げ、自分より先輩のOBを訪ねては寄付を募り、上京してくる現役たちのお世話をされたらしい。就職で上京してくるOBが増えてくると、今度はOB会報を発行して郵送し、団結とOB会費の納付を呼び掛けられた。

東京は同志社にとってはアウェイの地だ。正に孤軍奮闘の時期が長かったと思うが、S井先輩のご苦労が実り、東京支部も今や300人の会員を数えるまでになった。「井戸の水を飲む者は、井戸を掘った人の恩を忘れるな」と言うが、東京支部の井戸を掘られたのはS井先輩だ。それを忘れないようにしようと思う。

合掌。