横浜市西区の合唱祭に参加した。パイプオルガンの伴奏で、讃美歌から「いつくしみふかき」、高田三郎さんの典礼聖歌から「来なさい重荷を負うもの」を歌い、最後にアカペラでメンデルスゾーン作曲の「Beari Mortui」を歌った。


指導頂いている先生から、「神様からの言葉や神様への言葉を歌うのだから、べちゃべちゃ平べったく歌わない。もっと深みと奥行きのある声を出しなさい」と良く注意される。又、pianoで小さく歌うときにこそ、きちんと話さなくては駄目よと言われるが、それらが少しできるようになってきたかなと思う。歌詞がちゃんと聴衆の皆さんに伝わっているように思えたからだ。

それでも先生が渋い表情をされた瞬間があり、後で「私は大変気持ち良く歌えたのですが、どこかマズイ点があったのでしょうか?」と尋ねたら、「八分音符が続くところで何人かがバタバタっと早いリズムになっちゃったわね。惜しかった」と言われた。それに気付かなかった私は回りの歌声に耳を傾ける余裕がなかったということだろう。次の目標ができた。もっと回りの歌声を聴こう。

音楽祭の先生方から講評が届いた。概ね好意的なものが多かったが、中に「感動的です。皆さんの歌を聴くのではなく、皆さんの心と私の心が一つになるのが嬉しいです」と書かれたものがあり、こちらの方こそ感動した。次は6月に教会で歌うことになっている。引続き努力しようと思う。
目黒一中の吹奏楽部が卒業を記念して始めたというコンサートが、近隣の小学校や高校の音楽クラブ、私たちのような地元合唱団の参加を得て、いつしか地域の行事、「ふれあいコンサート」として定着した。今年24回目を迎えたというから、ひょっとすると、親子二代の出演者がいたかも。


そのふれあいコンサートが春分の日に催され、私たち「うたおうかい」は「アニーローリー」、「ロンドンデリーの歌」、そして「美しく青きドナウ」の3曲を歌った。時間を掛けて練習し、全て暗譜で臨んだから、その点では努力が報われたという満足感があったが、出来はあまり良くなかったような気がする。

そんな話を合唱が趣味の同級生に話したら、「まぁ、第一の原因は君の期待値が高過ぎたんやろね」と言われた。うーん、そうかも。「第二の原因は君の耳が肥えたから」、はい、合唱耳年増かも(笑)、そして、「最後はさ、どこか本番に強いという過信がなかった?」と言われた。鋭い指摘。

ラグビーも合唱も、練習以上のことはできないのだから、やはり、真面目に練習を積み重ねるしかないのだろう。今日はこれから横浜に向かい、男声讃美歌研究会で西区合唱祭に出る。さて、練習通りの力を発揮できるだろうか。
風邪でダウンした。今週は何とか頑張って出勤しているが、お取引先に「若い時のように無理が利きませんね」とボヤいたら、「岸信介元首相の言葉をご存知ですか?」と訊ねられた。90歳まで長生きされたという岸元首相は長寿の秘訣を聞かれ、次のように答えられたらしい。

「転ばない。風邪を引かない。義理を欠け。」

なるほど、転んで怪我をすれば治りが遅い分、他の正常な機能まで低下させることがあるだろう。風邪も万病の元で、肺炎など誘発したら厄介だ。しかし、この岸元首相の言葉を今日まで語り継がせることになったのは「義理を欠け」という一文の意外性だろう。誰もが、義理を欠いてはいけない、と教わっているからだ。しかし、義理は疲れるということか。

そこで、次のように対応するのはどうだろう?

1、「これは義理じゃない。自ら望んでいることだ」と前向きに受け止められる義理は明るく果たす。

2、「この義理を果たせないなら、私が私でなくなる。だから、這ってでも行くぞ」という義理は実際に這ってでも行く。

要するに、感情を伴うものなら義理も又楽し、ということかも(笑)