同志社の今出川キャンパスでパスケースを落とした。3月10日、日曜日のことだ。急ぎ、小雨が降る中、来た道を戻ったが見付からない。30分後にはラグビー部のOB総会に出席する予定だったから、職員の方に教えられるまま、正門の門衛所に落とし物をしたことを伝え、OB総会の会場へと向かった。

翌日の月曜日、パスケースが出てきていなくてもショックは受けまいぞ、と半ば覚悟して門衛所に電話を入れたのだが、明るい声が返ってきて、「ありましたよ!清掃の方が見付けて、つい先程、こちらに届きました」とのこと。思わず、あ~、良かった~、と言ってしまい、慌てて有難うございましたという感謝の気持ちを伝えた。


このパスケースは三女が初月給の中からプレゼントしてくれたものだ。その気持ちが勿論嬉しかったが、三人娘の親としては何とか子供たちに対する責任を果たし終えたと思える修了証のように思え、以来、毎日肌身離さず持つようになっていた。

京都までパスケースを取りに行くのは大変なので、それは京都在住のラグビー部後輩、K合君にお願いした。忙しい中、彼は大学まで取りに行き、メッセージを添えて東京まで送ってくれた。社会では不安になる事件が相次ぐが、世の中には良い人や親切な人がちゃんといる。それを思い出させてくれる落とし物だった。
ラグビー部の大先輩、S井さんが亡くなられた。91歳。昭和25年のご卒業で、学生時代は何もかもが不足した戦後の日本と重なる。S井先輩は主務を務めておられたから、食料やジャージ、スパイクの確保に苦労されたというお話を聞いたことがある。

卒業されてからはOB会の東京支部を立ち上げ、自分より先輩のOBを訪ねては寄付を募り、上京してくる現役たちのお世話をされたらしい。就職で上京してくるOBが増えてくると、今度はOB会報を発行して郵送し、団結とOB会費の納付を呼び掛けられた。

東京は同志社にとってはアウェイの地だ。正に孤軍奮闘の時期が長かったと思うが、S井先輩のご苦労が実り、東京支部も今や300人の会員を数えるまでになった。「井戸の水を飲む者は、井戸を掘った人の恩を忘れるな」と言うが、東京支部の井戸を掘られたのはS井先輩だ。それを忘れないようにしようと思う。

合掌。
昨日、同志社ラグビークラブの年次総会が京都で開催され、これに出席してきた。OB会長の退任と大学側の責任者である部長先生の退官が重なり、これに伴ってOB会の執行部も若返らせようと決まったことから、私もこれまでより重責を担うことになった。逃げることも可能だったが、同志社でラグビーをしたことで私の人生は大きく花開いたのだから、きちんと恩返ししておこうと思うに至った。


総会後は懇親会で先輩、同輩、後輩との再会を祝い、二次会では年齢もポジションもバラバラのグループでラグビー談義に花が咲かせた。元ジャパンの名ロック、日本で初めてスクリューパスを投げたスクラムハーフ、浪人してでも同志社を目指したフランカー、強いチームだったのに選手の死亡事故で公式戦辞退を余儀なくされた学年・・といろんな人生があったが、久しぶりに親父の言葉が甦った。

「ラグビーやってる奴に悪いのは居らん」

その通りだ。学業成績はどうか知らんけど(笑)