目黒一中の吹奏楽部が卒業を記念して始めたというコンサートが、近隣の小学校や高校の音楽クラブ、私たちのような地元合唱団の参加を得て、いつしか地域の行事、「ふれあいコンサート」として定着した。今年24回目を迎えたというから、ひょっとすると、親子二代の出演者がいたかも。


そのふれあいコンサートが春分の日に催され、私たち「うたおうかい」は「アニーローリー」、「ロンドンデリーの歌」、そして「美しく青きドナウ」の3曲を歌った。時間を掛けて練習し、全て暗譜で臨んだから、その点では努力が報われたという満足感があったが、出来はあまり良くなかったような気がする。

そんな話を合唱が趣味の同級生に話したら、「まぁ、第一の原因は君の期待値が高過ぎたんやろね」と言われた。うーん、そうかも。「第二の原因は君の耳が肥えたから」、はい、合唱耳年増かも(笑)、そして、「最後はさ、どこか本番に強いという過信がなかった?」と言われた。鋭い指摘。

ラグビーも合唱も、練習以上のことはできないのだから、やはり、真面目に練習を積み重ねるしかないのだろう。今日はこれから横浜に向かい、男声讃美歌研究会で西区合唱祭に出る。さて、練習通りの力を発揮できるだろうか。
風邪でダウンした。今週は何とか頑張って出勤しているが、お取引先に「若い時のように無理が利きませんね」とボヤいたら、「岸信介元首相の言葉をご存知ですか?」と訊ねられた。90歳まで長生きされたという岸元首相は長寿の秘訣を聞かれ、次のように答えられたらしい。

「転ばない。風邪を引かない。義理を欠け。」

なるほど、転んで怪我をすれば治りが遅い分、他の正常な機能まで低下させることがあるだろう。風邪も万病の元で、肺炎など誘発したら厄介だ。しかし、この岸元首相の言葉を今日まで語り継がせることになったのは「義理を欠け」という一文の意外性だろう。誰もが、義理を欠いてはいけない、と教わっているからだ。しかし、義理は疲れるということか。

そこで、次のように対応するのはどうだろう?

1、「これは義理じゃない。自ら望んでいることだ」と前向きに受け止められる義理は明るく果たす。

2、「この義理を果たせないなら、私が私でなくなる。だから、這ってでも行くぞ」という義理は実際に這ってでも行く。

要するに、感情を伴うものなら義理も又楽し、ということかも(笑)
ラグビー部のS井先輩のお通夜に参列した。浄土真宗大谷派のお坊様が来られたが、今回も葬儀の時にだけ呼ばれてくる、職業としてお経を上げるお坊様なのだろうと思っていた。どう見ても若いお坊様だし、仏教のあり方に批判的な私としては、S井先輩のために不満には思うまい、というような心境だった。

ところが、お経がものすごくお上手で、良く通る声で朗々と唱えられる。聞き惚れるとはこのことで、意味は全く分からないが、静かに耳を傾けて最後までお経を聞かせて頂いた。その後、お坊様が「少しお話をさせて下さい」と席を立って私たちの方を向かれた。

「みんなが自分のことを第一に考えると争いになるし、それが国同士なら戦争にもなります。だから、他の人のことを考えないと和は保てません」というお話から始まり、その後、S井先輩が大学ラグビー部で主務という役割を引き受け、グランドで戦う人たちのこと先ず考え、支えて来られたこと、この葬儀にしても自分で遺影を準備しておくなど、お子さんたちに負担をかけないようちゃんと計画し、手配されていたことを明かされた。如何にもS井先輩らしいと感心したところで、お坊様は「皆がこのような生き方をすれば素晴らしい世の中になる」と結ばれた。


どうせ、もっともらしいことを話されるだけだろうと予想していたから、お坊様がちゃんとS井先輩の生きざまや人となりを話されるのを聞いてすっかり感動してしまった。私の隣におられたK野先輩も下を向いて頷いておられたから、私と同じように感動されていたのだろう。お葬式に参列すると、ガッカリさせられるお坊様が多いが、今回は違った。これもS井先輩のご準備があったのだろうか。