お取引先の社長ご夫妻から食事に招かれた。20年前、幼い3人のお子さんを連れて日本に来られた韓国人のご夫妻で、言葉も文化も異なる日本で会社を立ち上げ、次々に新しいビジネスに挑戦して成功を収め、子育てが終了した今も、もう一つ、何か新しいビジネスに挑戦したいと意気盛んだ。


印象に残ったのは、成功の要因を尋ねた際に「タイミングが良かった」と何度かおっしゃったことだ。そのタイミングには私も同じ東京にいたのだから、私からすれば「目の付けどころが良かった」、異国の地なんだから「努力の量が半端じゃなかった」等々、自慢頂いても構わないのだが、そうされない謙虚な方々だから成功されたのか、はたまた、同じように努力されても上手く行かなくなったことがあったのか、興味が湧いた。


その後も美味しいキムチや焼き肉を頂きながらゆっくりお話させて頂いたが、成功された最大の要因はやはり挑戦を続けられたことだろう。前の打席が三振や凡打でも、ご夫妻は打席に立ち続け、タイミング良くバットを振れたときにはそれがヒットやホームランになったのだろう。

 かく言う私も打席に立ち、積極的にバットを振ってきたつもりだったが、社長ご夫妻が出場されていたのが対外試合なら、私が出ていたのは社内の紅白戦のようなもので、その差が胆力や思考力、直感力の差になっているように思う。さて、私には未だ対外試合に出られるだけのパワーが残っているのかどうか?
何か決断を下すと、それを後悔させる出来事が起こったり、批判的な意見が出て来たりする。そうそうときは、この言葉を思い出す。素晴らしい言葉だ。何たって私の作だから(笑)


もう何年も前に、高橋書店の日めくりカレンダーに採用された言葉だ。何か変化を起こす決断をすると失うものが出てくる。だから、後悔するし批判もされる。しかし、その後、必ず新たに得られるものが出てくるし、応援してくれる人が現れる。だから、怖がらずに変化を起こそうと思う。
誰かが排水口に植木鉢を置き忘れたのかと思い、近付いてみると・・・


植木鉢ではなく、排水口の底から伸びた枝が蓋の隙間から顔を出し、葉を付けているのだと分かった。


何という生命力だろうと感心していたら、今度はコンクリートの壁と壁の隙間に咲いている花が目に入った。これはどこから水や栄養を得ているんだろう。


お腹が空いた、喉が渇いた、寒い、暑い、窮屈だ、疲れた、眠い、腰が痛い、と直ぐに訴える自分が恥ずかしくなったので、今日は一日、不平不満を言わないと決めた。