東京校友会に「ラグビー部通信」というコラムを設けて頂き、4月に行われた関西学院大との試合から観戦記を掲載頂いている。一昨日は京産大と戦い、1点差で敗れたが、まだまだ伸び代のあるチームで勝負はこれからだと思っている。そこで、次のタイトルで投稿した。

 

ラグビー部通信「京産大に1点差で敗れ、課題が明らかに」

 

5月26日(日)、京都ラグビー祭のメインゲームとして同志社大学vs京都産業大学の試合が西京極総合運動公園にて行われました。結果は35対36の惜敗で、終了間際の同志社の反則から京産大にPGを入れられ、1点差の敗戦となりました。

 

 先制したのは同志社で、前半5分に右CTB江金がトライを上げ、ゴールもなって7-0としましたが、僅か2分後の7分に京産大にトライを許し、ゴールも入って同点とされます。その後のスコアを見ると、14-7、14-14、21-14、21-19、21-26、28-26、28-33、35-33、そして35-36ですから、互いに取っては取り返され、という展開だったことが分かります。

 

(緊張感が伝わってくる低いスクラム)

 

心配されていたセットプレーのスクラムですが、強いと定評の京産大相手に決して組み負けてはいなかったと思います。こう言うと、後半、スクラムトライを許したではないかと言われそうですが、スクラムを組んだあとの凌ぎ合いで陣形を崩されており、FWは力負けしたとは感じていないと思います。今後の修正に期待します。又、一週間前の天理戦ではディフェンスの圧力から動き辛そうに見えた原田・桑山のハーフ団が、この日は伸び伸びとプレーしているように見えました。同志社が奪ったトライ5つの内、4つはBKが上げたものですが、良いタイミングでボールが出るとBKの走力とセンスが光る、ということかと思います。

 

 さて、このゲームで明らかになった課題は「継続性」だと思います。同志社には攻守両面で素晴らしいプレーが数多くありました。恐らく、ラグビーという競技を紹介する動画を作るとしたら、同志社の選手の方が数多く登場するように思います。しかし、試合は同志社が負けていますし、後半の後半は防戦一方という局面もありました。その理由は「継続性に欠ける」ということかと思います。例えば、良いプレーがあっても後が続かない。又、均衡を破ることより破られることの方が多い。この逆が京産大で、まとまりの良さや粘り強いチームカラーを感じさせられることが何度もありました。同志社がそれを学べば、格段に強くなる可能性があると思います。

 

 春のシーズンも終盤を迎え、残すところは6月9日(日)の摂南大学戦など数試合となりましたが、16日(日)には立教大学との定期戦が江戸川陸上競技場で行われます。東京校友会の「初夏の集い」と日程が重なり、校友の皆さまに応援頂くのが難しくなりましたが、17日(月)には「ラグビー部、立教を一蹴!」というレポートを送りたいところです。引続き、ご支援の程お願い申し上げます。

 

同志社ラグビークラブ東京支部 ボルネオ7番(昭和53年経済卒)

同級生のN藤さんが、偶然、ラグビー部のOBで私の8年後輩にあたるF君と知り合い、一緒にご飯を食べようと誘ってくれた。F君は大学選手権三連覇を成し遂げたときの名CTBで、卒業後はT自動車でプレーしている。

同じ運動部でも8年違うとゆっくり話す機会がない。2年前の同志社・慶應定期戦の後の打ち上げで一緒になったが、こんな(↓)状態で素面の私でもハイになっていたし、人気者のF君は直ぐ別の席に呼ばれて行き、ろくに話せなかった。

(左がF君、右は慶應のK澤さん)

昨夜は初めてF君とゆっくり話せたが、一番感心したのは、試合前日の練習後に行われる試合用ジャージの手渡し式の話だ。副将を務めていたF君がそれを任されることになったが、F君は試合用ジャージを手渡す際にはその選手の名前をメモなど見ず、ちゃんと覚えて呼ぶべきだと考えたらしい。しかし、試合に臨むのは1軍から4軍まで楽に4チームはあったろうから、リザーブの選手まで入れればザッと100人の部員の名前とポジションを覚えねばならない。それを彼はやり通したらしい。偉い奴だ。3軍、4軍で名前を呼ばれた部員は感動したことと思う。

その後も歓談が続き、調子に乗って「名前を覚えるのは諦めた。名前を忘れへん方法はないか」と言いそうになったが、N藤さんから「ボルさん、忘れるのは男の名前だけじゃないの」とチャチャを入れられそうなので止めた(笑)
毎日新聞の政治プレミアというコーナーで、田原総一朗さんが「景気判断悪化で消費増税どうする? ご意見募集」とおっしゃっていた。上限500字、偽名OK、よしっ、受けて立つぞ。



ボルネオ7番
ID: bdcd83
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子供の頃、「お金のない貧しい人がいるんだよ」と親から聞かされ、「だったら、お札を印刷して配ればええやん」と答えたのを覚えています。その後、社会の仕組みを学び、経済成長を超える紙幣の増刷には問題があることが分かりました。今の「異次元の金融緩和」は私の子供の頃の発想に近く、ただ紙幣の量だけが増えて、安全且つ成長している分野が少ないことから、不動産や株式市場にお金が流れ込み、その分野だけは潤っているのかなと思います。日本は既にモノに溢れ、しかも車や洋服、バッグなど買わずにシェアしようという流れまで出てきました。そういう需要の低迷を考えると、金融政策のみで経済を成長させようということには無理があると思います。最後に、国債についても不安があり、日本人が買っているのだから大丈夫だと言われるものの、国債残高が日本人の金融資産を超えたら、国債は信用を落とすように思います。それを誰かが売り急いだりすると混乱が起こり、国債が暴落したりしないだろうか、という不安です。国の借金は私たちの子や孫からの借金でもありますので、私たちの世代でできるだけ少なくしないといけないように思います。

486字、言いたいことは言った。しかし、消費増税に一言も触れていないことに気付いた。受け損ねた(涙)