昨日、田園調布にある玉川平安教会にお邪魔した。今週末の日曜日礼拝の後に、男声讃美歌研究会で讃美歌やグレゴリオ聖歌を歌わせて頂くことになっており、そのリハーサルがあったからだ。


私はクリスチャンではないけれど、教会にお邪魔すると何かしらホッとするのを感じる。多分、多感な中高生の時代に同志社のチャペルで過ごす時間があったからだろう。
信者さんが礼拝の際に座られる長椅子の前に、聖書、讃美歌、そして「主の祈り」が置かれていた。学生時代、毎朝の礼拝で暗誦したお祈りだ。試しに小さな声で口ずさみ始めたが、何とか最後まで言えた。
主の祈りの中に、「我らに罪を犯すものを我らが赦す如く、我らの罪をも赦したまえ」という言葉がある。なかなか難しいことだと思うが、知らず知らずの内に、回りの人に不快な思いをさせていることは十分に考えられる。ならば、先ずは「不快な思いをさせられても受け入れます。その代わり、不快な思いをさせていることを許して下さい」から始めようと思う。
