このタイトルに反応される方はバレエ好きの方だろう。フェリは一世を風靡する人気を誇りながら44歳で引退、その後、50歳で奇跡の復活を遂げたアレッサンドラ・フェリ、ボッレは数々のバレリーナから相手役に望まれ、世界的に活躍しているロベルト・ボッレのことだ。このお二人に更に実力派のダンサーが加わり、東京でバレエを披露された。


私はバレエのことなど何一つ知らないし、バレエをちゃんと観たのも今回が初めてだから、印象だけを率直に言わせてもらおうと思う。

先ず、バレエには言葉がないからストーリーが分からない。それでも、見ている内に何となくこうかなと想像できるようになるのだから、身体の動きや姿勢だけでいろんなことを表現できる彼らは大したものだ。メインの演目だった「マルグリットとアルマン」は帰宅してから調べたら、だいたい想像していた通りのストーリーだった。

次に、彼らの無駄なく鍛え上げられた肉体と、不安定な姿勢でも揺るぎもしない体幹の強さとバランス感覚の良さには恐れ入った。バレリーナを持ち上げたり、二人で支え合ったりする時もそうなのだから、二人分の重さや傾きを感じ取れる鋭敏なバランス感覚と、それを支えたり補ったりできる筋力をお持ちなのだろう。

ラグビーは動き続けるスポーツだから、体重が500g増えようが1kg増えようが何とかなるし、立つ位置が5cmずれようが10cmずれようが何とでもなる。しかし、動きの中で時には自然体で静止することを求められるバレエの方々には、500gや5cmの差はとんでもなく大きいのかも、と思いながら会場を後にした。
同志社混声合唱団のソプラノ、Mさんから誘われ、出ることに決めたサロンコンサートが昨日、無事に終わった。原宿のアコスタディオという小さなホールに出演者が4名、聞きに来て下さった方が50名というささやかなコンサートだったが、バイオリンの詩子先生と旦那さんの熊さん、地元合唱団うたおうかいや同志社混声合唱団から十数名の方々が来て下さり、演奏前の一礼を忘れるほど緊張してしまった。


ところが、弾き始めると「ここで良く間違えた」とか「ここはこうした方が上手く弾ける」とか、次々に練習時の記憶がよみがえって来て、過度に力むことなく弾けたように思う。今回は時間があればバイオリンを引っ張り出し、朝の5分でも夜の10分でも練習に励んだから、その成果が出たのだと思う。

ピアノ伴奏は次女が引き受けてくれたが、16年振りの演奏、しかも先月、出産したばかりで十分には練習できなかったことと思う。なのに、私たちの演奏が終わると、熊さんは「いやぁ、ピアノが良かった~!」と真顔で言うし、コンサート終了後の懇親会では見知らぬ方から「お嬢様は音大で勉強されたの?」と聞かれる始末。誰か、私のことも褒めてよ、と言いたくなったが、まだまだ努力が足りないということだろう。

それでも、一つの目標を達成したことに変わりはないし、夕食後には詩子先生と熊さんがお土産に下さった上板橋、石田屋の「どら焼き」をご褒美に頂いた。これは開店前から並ばないと買えない人気商品で、熊さんが40分も行列して下さったとのこと。美味しかった~! 熊さん、ありがとう! 



第二部はプッチーニ作曲のオペラ「蝶々夫人」の第2幕と第3幕から、いくつかの場面がオペラ形式で演じられた。 多分、田村さんは何度も蝶々夫人を演じておられるのだろう、他の登場人物が領事のシャープレスと女中のスズキだけというダイジェスト版なのに、圧巻の歌唱力と表現力で感動的なステージにされた。

恥ずかしながら、私は「蝶々夫人」を一度も鑑賞したことがなく、物語も良く知らなかったので、ピンカートンが長崎に戻ってきたと知って大喜びし、その後、真実を知って深い悲しみに沈む蝶々夫人に心から同情した。特に、幼い息子を思って歌う「可愛い坊や」は聴いていてやるせなくなるほど悲しい思いが詰まっていたように思う。

話は少し戻るが、第2幕に蝶々夫人とスズキが二重唱するシーンがあり、柔らかくて温かなスズキの歌声に驚いた。私の隣に居られた整形外科医のT先生に「あの方も上手いですね」と話したら、T先生も「大柄ではないのに素晴らしい歌唱力です」と感心されていた。それを田村麻子さんのお母さまに話したら、「当たり前やん、あの方(永井和子さん)は麻子の先生や」と教えて頂いた。なるほど、温かな響きは教え子を思われてのことだったのかも。

さて、最後は武士の娘らしく、潔い最期を自ら選択してしまう蝶々夫人だが、今の時代にこのオペラが作られたなら、逃げるピンカートンに対し、私は一人でも立派に息子を育ててみせるわよ、という筋書きになったかも。そうお取引先に話したら、「ボルさん、ちょっと逞しい女性を多く見すぎかも・・」と言われた。はい、職場でも家庭でも混声合唱団でも・・間違いありません(笑)