オペラ歌手の田村麻子さんが「Crossover Night」と題し、ジャズやミュージカル、映画音楽から十数曲を歌われた。


一緒に行こうと誘った同級生のA山さんは、最初の“Amazing Grace“ で「鳥肌が立ったよ」と大感激、私は“You raise me up“ で「あぁ、来て良かった」と大きなため息。以下、田村麻子さんの魅力に二人が迫る(笑)

ボル 「車に例えると排気量5000ccの強力なエンジンで、きちんと勉強もしたはるから、高速道路でも山道でも一般道路でも優雅に走れるってことかな?」
A山「何ちゅう例えなんやと思うけど、当たってるよね。ただ、やっぱり高速回転(高音)のときに力を感じるよ。あれは真似できん。」

短い休憩の後はサプライズと称し、ピアノの弾き語りでミュージカル「キャッツ」の“Memory“、そして映画「ニュー・シネマ・パラダイス」の主題歌を歌われたが、どちらも心に染み入るような、素晴らしい歌声だった。又、ピアノ伴奏の神埼えりさんと即興演奏を披露されたが、お客様からその場でもらったテーマから歌詞やメロディを作って行くのだから、クリエイティブな能力、相方の意図を感じ取れる感性、そして度胸がないとできない演奏だと思った。

そんなサプライズで明るく和やかな空気になったが、最後は “Time to say Goodbye“ とアンコール曲のカッチーニの “Ave Maria“ で優雅に締められた。田村麻子さんの歌声は柔らかで伸びやかだが、ちゃんと芯があって力強い。私は素人だが、そこが素晴らしいと思う。

【アカデミカコール】

大正9年創立の東京大学音楽部は現在、管弦楽団、男声合唱団コールアカデミー、女声合唱団コーロ・レティティアの3団体で構成されているが、アカデミカコールは男声合唱団コールアカデミーOBによる男声合唱団で、東京六大学OB合唱連盟演奏会や北大・東北大・九州大OBとのジョイントコンサートを中心に活動している。(パンフレットの紹介文から)

 

 

私のような私立大の出身者からすると、国立大ご出身者は頭が良く、きちんと勉強された方々というイメージで、中でも東京大学のご出身と聞くと、どうしてもお堅いイメージを抱いてしまう。その東京大学音楽部OBの皆様が「Missa pro Pace」、日本語に訳すと「平和のためのミサ曲」を歌われると聞いたら、これは重厚かつ荘厳な響きの男声合唱だと思うではないか。

 

ところが、パンフレットを開いてみたら、パーカッションやサクソフォンの奏者が出演されることになっているし、ずっとミサ曲を作りたいと思っておられた作曲者の三澤洋史さんは曲の解説のところに「日本武道館で行われたサンタナのライブに出掛け、その演奏を聴いて、ミサ曲はラテン音楽テイストにしようと決めた」みたいなことを書いておられるではないか。これは一体どんなミサ曲なんだろう、と俄然興味が湧いた。

 

さて、第一曲の「Kyrie eleison」(主よ、憐れみたまえ)は、憐れみたまえと言うよりは「自由に踊らせたまえ」に近い賑やかなメロディで、三澤さんが書いておられた通り「キューバ音楽っぽいモチーフ」が鳴り響き、度肝を抜かれた。第二曲の「Gloria」は主の栄光を讃える歌だと思うが、こちらも讃えるというより「一緒に喜ぼうぜ」に近い躍動感があったし、第三曲の「Credo」(信仰告白)も告白というより「叫び」に近く、キリストが十字架を背負う場面は実に痛々しかったし、逆に、キリスト復活の場面では正にお祭り騒ぎのような喜びが感じられ、そのギャップが印象に残った。


第四曲の「Sanctus」(聖なるかな)と「Benedictus」(ほむべきかな)、第五曲の「Pater Noster」(主の祈り)はとてもきれいな曲で、神様への信頼や祈りに相応しい、安らかな気持ちになる曲だったように思う。第六曲の「Agnus Dei」(神の子羊)と「Dona nobis pacem」(我らに平和を与えたまえ)も美しい曲だったが、何か静かな勇気が湧いてくるような曲で、多分、三澤さんが書いておられた「ミサの終わりに司祭から会衆に与えられる、さぁ、聖堂から出て行き世界に平和を広めなさいという祝福」が込められていたのだろう。


長くなったが、予想外の展開に新鮮な驚きと感動を得たコンサートだった。東大OBの皆さま、豊かな表現力に感心しました。お堅いだけではないんですね。失礼しました(笑)

孫 泰蔵さんが、「もし明日死ぬとして、自分の子に一言だけ遺言を残すとしたら、どんな言葉を遺す?」という問い掛けをしておられた。孫さんが残したいと思われた遺言は「世界は自ら変えられる」という希望に満ち溢れたものだが、私ならどんな一言を遺すだろう、と早速考えた。


「変化して構わないからね!」

やはり、これしかないだろう。どんな世の中になるのか分からないのだから、自分の子供たちに「こうあるべきだ」と自信を持って言えることがない。逆に、「こうあるべきだ」という一言が子供の可能性に蓋をするかも知れない。

私も変化してきたと思うか、その変化を一番受け入れてくれたのは親父だろう。良くできた親父だったから、私の可能性に配慮してくれたのかも知れない。だとすると、 まだまだ変化が足りないから、これからも変化します。遺言など考えている場合じゃなかった(笑)