昨日、37回目の結婚記念日を迎えた。妻の誕生日でもあったので、花を買って帰ることにし、エレベーターホールに急いだら、人事部のYさんがいた。一緒にエレベーターに乗り込んだ。

Yさん「ボルさん、なんか急いでました?」
ボル「うん、今日は結婚記念日でな・・」
Yさん「あらっ、おめでとうございます」
ボル「妻の誕生日でもあるし、花買って帰る」
Yさん「えーっ? 見た目より優しいんだ」
ボル「コラッ!」

誰も乗ってこないので話が続く。

Y 「結婚されて何年ですか?」
ボル「37年や。Yさんは結婚して何年?」
Y 「えーと、16年かな」
ボル「なにーっ? 10才で結婚したんか?」
Y 「えっ?」

しばらく考えていたYさんが笑い出した。

Y 「やだー、ボルさん、明日何かご馳走する」

ということで、今日はコーヒーでもご馳走してもらおうと思うが、Yさんから「ボルさんも結婚が早かったんですね。10才で結婚? いやいや、5才?」なんて言われたら「何か、じゃなくて、何でもご馳走する」と言いそうだ(笑)


太田喜二郎(1883-1951)と藤井厚二(1888-1938)は「日本の光を追い求めた画家と建築家」とのこと。お二人のことは全く存じ上げなかったが、たまたま太田喜二郎さんの孫が同志社で一緒に学んだ同級生で、目黒区美術館で展示会をやっているから観に行きなよとチケットをプレゼントしてくれた。美術には疎いが、これは行かねばなるまい。

(「雪の朝」1910-1911 油彩)

(「風景」1908-1913 油彩)

太田喜二郎さんの作品には眩しい光もあれば優しい光や力強い光もあり、それがとても興味深かった。光そのものを描くというより、光を受けたものを描くことで様々な光を見せるということか。上の二つの作品は絵葉書になっているものを購入したが、冬の光と秋の光なのか、違いが明らかで見ていて飽きない。

又、「帰農」(1915年、油彩)という作品があったが、これは逆光の中に牛と農夫を浮かび上がらせたもので、牛も農夫も逞しく見え、今にも動き出しそうだった。いろんな光の描き方があるものだと感心した。

作品の多くは油彩画だったが、水彩画も何点かあり、柔らかな色で平和な情景を描いた「多摩川の夕日」(1902年)や「東京より帰還 岐阜にて」(1902年)は見ていて心が和む作品だった。又、太田喜二郎さんから藤井厚二さんに宛てられた手紙が展示されていたが、味のある文字に色とりどりの挿し絵が添えられ、手紙というより見事な作品になっていた。「絵になる」とは正にこういうことを言うのだろう。
京都の友人が同志社大学ラグビー部の新聞記事を送ってきてくれた。第一節のもので、同志社は何とか摂南に49-42で勝っているが、立命館は近大に31-47で敗れ、京産大も関学大に17-28で敗れている。順当勝ちの快勝は天理だけで、68-0で大体大を一蹴している。


第二節の同志社は近大相手に絵に描いたようなシーソーゲームを演じ、ロスタイムにトライを上げ、やっと49-42で逃げ切っている。同志社ファンにとっては心臓に悪いゲームだったろう。一方、関東では慶應義塾が終了間際に筑波大にトライを許し、13-17の逆転敗けを喫している。まだ始まったばかりだが、関西の天理、関東の明治、帝京、東海を除くと実力伯仲というところか。

ところで、「伯仲」とは何のことかと調べたら、中国では長男を「伯」、次男を「仲」と呼び、長男と次男では実力に大差がないことから伯仲と言うようになったと書かれていた。だとすれは、ラグビー部の歴史からして関東の長男は慶應義塾、関西の長男は同志社だろう。次男に負けるな! だいたい、次男は甘い顔を見せると直ぐにつけ上がる。次男坊の私が言うのだから間違いない(笑)