毎日新聞朝刊に連載されている「仲畑流万能川柳」・・プッと吹き出しそうになるもの、ハァとため息が出るもの、ニヤリとしてしまうもの、と様々だが、世の中には才能豊かな人がいるものだといつも感心する。


これは先週土曜日に出ていた川柳だが、「閉店もいきなりだったステーキ屋」、「進次郎手のひら返しを体験中」、「デマのたび最初に消えるトイレ紙」など、笑うのは不謹慎かなと思いながらも笑ってしまう。そして、兵庫の昔のジョーさんの作品、「何事があってもなくても桜咲く」・・


今朝、代々木公園できれいに咲いた桜を見た。兵庫のジョーさんがおっしゃる通り、世の中は感染拡大の続くコロナウィルスや暴落した株式市場や開催が危ぶまれる東京オリンピックの話題で持ち切りだが、そんな時でも桜は咲く。この淡々とやるべきことを遂行する桜に学ぼうと思う。

「座右の銘」とは、生きて行く上で自分を戒めたり励ましたりする言葉のようだが、それを言葉ではなく寓話でやってみようということか。合計77の物語が紹介されているが、先ずは25番目に出て来る「ひばりの引っ越し」に深く頷くこととなった。

 

 

初夏のある日、ひばりの母子が巣を作った麦畑に大勢の村人がやってくる。「そろそろ皆で麦を刈らなきゃいかんなぁ」と村人たちが言うのを聞いたひばりの子が「お母さん、麦刈りが始まるから引っ越さないと」と言うが、ひばりのお母さんは「まだ大丈夫」と答え、平然としている。

 

数日して、3人の村人がやってきて「ぼちぼち、麦を刈らなきゃいかんなぁ」と言う。それを聞いたひばりの子が「お母さん、もうダメだ、麦刈りが始まってしまうよ」と叫ぶが、それでもひばりのお母さんは「まだ大丈夫よ」と取り合わない。

 

更に数日後、今度は村人が一人だけでやってきて「じゃあ、ぼちぼちやるか」と呟く。そこで初めてひばりのお母さんは子供に言う、「さぁ、逃げましょう」

 

元々は「トヨタの上司」(中経出版)という本に出ていた話のようだが、大勢の賛同があったとしていも、誰か一人が覚悟して始めない限り状況は変わらない。そういう例えだろうが、似たような場面を仕事やラグビーで何度も見てきたように思う。何かを変えようと思ったら、私は努力して一人でやってきた村人になろうと思う。

曽野綾子さんの著書だ。過去に書かれたエッセイをテーマ毎に再編集し、一部加筆修正されたものらしい。何度か著書を読んだ経験からすると、曽野綾子さんは「孤独を恐れず毅然と生き、思うところは遠慮なく、しかし、大声ではなく品良くサラリとおっしゃる方」のように思う。


言い方は優しくとも、ここまで言うと反論してくる人もいるでしょうね、と言いたくなるエッセイもあったが、私自身は心の中で拍手を贈りながら読ませて頂いた。そんな中、最も印象深かったのは、元ペルー大統領のアルベルト・フジモリ氏について書かれたエッセイだ。私の記憶にも残る驚きの出来事だったはずだが、曽野綾子さんはこんな風にサラリと書いておられる。

「2000年の11月に元ペルー大統領のフジモリ氏は滞在中の日本で亡命し、その翌日から私の家で約百日あまりを過ごすことになった。私たち夫婦はただ、当時空いていたプレハブの別棟をフジモリ氏と広報官という人に、お使いください、と言っただけなのである。」

フジモリ氏が出て行かれた日には、警備の警察署長も一緒に満開の枝垂れ桜の下で記念写真を撮られたとか。人生など予測できないから、時としてこうした艶やかな別れを贈られる、と結んでおられるが、国籍や政治、宗教、思想、信条を超えて、人はここまで強くなれるという見本のように私は思う。