今年も桃を頂いた。甘い香りにうっとりしたが、ふと「桃栗三年柿八年」以外にも、桃を使ったことわざがあるのかなと気になった。


調べたら、直ぐに素敵なことわざが見付かった。

「桃李成蹊」・・出典は史記のようで、日本語では「桃李(とうり)もの言わざれども下(した)自ずから(おのずから)蹊を成す」と訳されている。意味は次の通りだ。

桃や李(スモモ)の木の下には、実の美味しさに惹かれて集まって来る人たちによって自然に道ができてしまう、同じように、高徳な人の回りには自然に人が集まって来るものだ。

私も私の前に道ができるような高徳な人物を目指すべきであったが、今となっては手遅れだ。かくなる上は、潔く道を作る側に回り、特に美味しいものには素直に反応しようと思う。
今日は母の命日だ。21年前の今日、京都の病院で亡くなった。


いくつか忘れられない思い出があるが、亡くなる少し前、入院中の母を見舞ったときのこと、私を見た母が起き上がろうとするので、「お母ちゃん、どうした?」と声を掛けたら、「ケンジ、ご飯未だやろ。何か作るわ」と母が答えたのだ。胸が詰まって泣きそうになったが、「お母ちゃん、今日は食べてきた。お腹、いっぱいや」と言って母をベッドに寝かし付けた。

当時、40才をとうに超えていた私だが、母にとってはお腹を空かせて帰ってくる食いしん坊の息子だったのだろう。合掌。

百田尚樹さんの「海賊とよばれた男」を読んだ。

 

 

石油会社を立ち上げ、国内では先行する企業や官僚主義と戦い、国外では強大な石油カルテル、セブン・シスターズに単独で挑む国岡鐡造が主人公だ。出光興産の創業者、出光佐三氏がモデルで、後半には私の記憶に残っている事件や人物も出てくるから、読み進む内にその時代に戻り、何が起こるのかを目撃しているような感覚になり、気が付くと主人公の国岡鐡造を応援していた。


国岡鐡造は不正や怠惰を許さぬ熱血漢だが、強い使命感と細やかな情を持ち、磁石のように周りの人々を引き付けて行く。反面、既得権にあぐらをかく人たちや供給側の論理で市場を支配しようとする人たちを敵に回し、様々な妨害に遭いながらも、石油のためとあれば殆ど外交のなかったイランやソ連にも赴き、ライバルや世間をアッと言わせる。


そういう大きな挑戦の場面になると、国岡鐡造は失敗を恐れる重役たちに対し、「国岡商店のことはどうでも良い。日本のために、日本のためにやるんだ」と言う。最初は何を大袈裟な、と思っていたが、国岡鐡造が動かした人々や会社、組織、国家を考えると、彼は本心からそう考えていたと思えるようになった。敗戦で廃墟と化した東京が、僅か19年後の1964年にはオリンピックの舞台となる。その奇跡的な復興の陰には、国岡鐡造のような先人が大勢おられたのだろう。