小学校の同級生がジョギング中に転び、 顔から地面に倒れ込んだらしい。直ぐに救急車で病院に運び込まれ、検査を受けたとのことだが、幸い、骨折はしておらず、何針か縫うだけの外傷で済んだとのこと。

早速、「それで済んで良かったな」とメールしたが、「何もない平らな所で転んだ。それがショックやねん」と普段元気な奴がしょげかえっている。そこで、「実は、俺もな・・」、「仏教には大難小難という言葉があってな・・」、「若い頃を基準にするとやな・・」と励まそうとするが全く効き目がない。ついには「身長まで縮んできたんや」というボヤキまで出てきた。

それで思い出したのが、オーブントースターで作れる「ちぢみくん」のキーホルダーだ。孫に教えてもらって作ってみたが、マジックで絵を描いたプラスチックの板に熱を加えるとみるみる内に縮み、4分の1位の大きさになった。世界に一つしかないキーホルダーの誕生だ。


新型コロナの影響で日本の経済も大きく縮んだが、ちぢみくん程には縮んでいないし、話題になる新しい商品やサービスが出始めている。一旦縮むと、同じ形には戻らないだろうが、必ず伸びる場所が出てくると思うから、心が縮まないよう心掛けようと思う。ちなみに、このキーホルダー、ご希望の方にお譲りします。粗雑に扱っても大丈夫ですが、御利益はありません(笑)
自分が成長したな、と感じさせてくれたモノがいくつかある。

大学生から社会人になったときは「スーツ」、高校生から大学生になったときは「煙草」、中学生から高校生になったときは「原付免許」、小学生から中学生になったときは「学生証」、そして、小学生低学年から高学年になったときは・・・


鉛筆を削るための「カッターナイフ」だったと思う。今日、たまたま色鉛筆を削っていて、その懐かしい感覚を思い出した。
 カラオケに連行されると、沢田研二の「勝手にしやがれ」と「時の過ぎゆくままに」を歌い、後は静かにしている私だが、「時の過ぎゆくままに」に気になる歌詞がある。

♪身体の傷なら治せるけれど、
心の痛手は癒せはしない、
小指に食い込む指輪を見つめ、
あなたは昔を思って泣いた♪

昔は何の疑問もなく、気持ち良く歌っていたが、最近、昔の古傷が痛み出す度に、「癒せないのは身体の傷では?」と思ってしまう。このところ、30年前のゲーム中に切断したアキレス腱回りが痛むから、特にそう思う。

では、心の痛手はどうかと言うと、幸い記憶は薄れる一方だし、毎日やることがあれば思い出す回数も減るし、何より楽しいことがあれば癒されることもあるだろう。だから、今度からこう歌う。

♪心の痛手は癒せるけれど、
身体の傷ならその後も引き摺る、
大きく貼られた湿布を見つめ、
昔のゲームを思って耐えた♪

失礼しました(笑)