光を描くのは難しいと思うが、奥山 忠さんという方が柔らかな光や眩しい光を上手に描かれる。それをいつも不思議に思う。


奥山さんの奥さんが私と同じ先生からバイオリンを習っておられ、たまたま私の前にレッスンを受けておられることから、展示会のご案内を頂き、お邪魔するようになった。


上の2枚が柔らかな光だとすると、下の絵には眩しい光を感じる。光そのものを見ている訳ではないのに、何故こんなに眩しく見えるのか、いつも不思議に思う。 


展示会にお邪魔した日の夕方に、夕陽を背にした富士山がくっきりと浮かび上がった。富士山のシルエットがきれいだが、オレンジ色の光が暗くなっていく青い空に吸い込まれて行くところが美しい。絵では奥山さんに対抗できないので、写真で対抗(笑)


今年も喪中葉書が届く季節になった。


若かった頃は「あぁ、歳を取ると亡くなるのか」と遠い世界のことのように感じたが、私自身の両親や友人のご両親が亡くなる年頃になると、一つの時代が終わったという喪失感や緊張感があったように思う。

ところが、昨年あたりから兄弟姉妹や夫、妻を亡くしたという喪中葉書が増え始めた。同じ時代を生きてきた方々が亡くなっているということだ。こうなると、流石に遠い世界のこととは思えないし、喪失感や緊張感だけでは済まない心境になる。命には限りがあることを実感するからだろう。

そんなとき、勤務先が大胆な構造改革に着手し、「若返り」も目的の一つだと知った。会社勤めにも限りがあるということだ。命も有限、会社勤めも有限・・なのに、惰性で生きていたのでは「ボーッと生きてんじゃねえよ!」とチコちゃんに叱られそうだ。さて、どう生きれば良いのか?

考える糸口が見付からなくて困っていたら、NHKの「サラメシ」に出てこらた79才の男性が良いことをおっしゃった。美味しい明太子を作りたい一心から会社を起こされた方だ。「あと何回食事できるか考えたら、美味しいものを食べたいと思う」・・これだ。ここから考えよう。
言葉としては知っていたが、解釈としては「損になる喧嘩はしないのが金持ち」とか、そもそも「安全第一でリスクを回避したから金持ちになった」など損得勘定やリスク管理に長けているのが金持ちだというものが多かったように思う。

この言葉を思い出したのは、米大統領選挙で過熱する両陣営支持者のデモや対立を見たからだろう。「奥さまは魔女」を子供の頃に見て育った私としては、アメリカの家庭は小綺麗で広く、そこで過ごす人たちは笑顔でないといけない。そういう豊かなアメリカ像からすると、互いを罵り合い、睨み合う光景は見ていて気持ちの良いものではなかった。


そして、何故そういう国になったのかと考えると、「奥さまは魔女」の時代よりアメリカは貧しくなったのかなと思ってしまう。金持ちが喧嘩しないのは、損得勘定やリスク管理があってのことかも知れないけれど、何よりお金持ちには心の余裕があるのではないか。そういう心に余裕のあるアメリカの人々に助けられ、新島先生も同志社を設立できたのだから。

お金持ちは無理だとしても、心の余裕持ちにはなりたいと思う。