今年は丑年だから、恒例に従って干支の丑に扮し、「牛も千里、馬も千里」という諺を紹介させて頂いた。


「巧いかまずいか、遅いか早いかの違いはあっても行き着くところは同じ。慌てることはない」という意味らしいが、私の年齢になれば、「行き着くところ」は人生のゴールだと考えるのが自然だろう。さて、これからどのように生きるか?

年賀状には分かりやすい一本道を描いたが、これまでも予期せぬ出会いや展開があったし、「あのとき、違う決断をしていたら」と想像する「あのとき」がいくつかある。だから、これからも「どっちに行こうか」という選択の機会があるように思う。

大切なことは、自分で決める、決めたら振り向かない、努力して良い決断だったと思えるようにする、ということだろう。
大学ラグビー選手権の決勝をTV観戦した。予想が外れたのは勝敗ではなく、天理の奮戦に感動して私が泣いたことだ。まさか泣くとは思わなかった。

天理の選手はボールを持つ味方の選手を孤立させず、タックルされると見るや素早く左右を固め、連続攻撃を可能にさせた。又、ディフェンスではタックルに飛び込まなかった選手を一人も見なかったし、それにつられるようにボールを殺しに行く選手が湧いて来るように出てきた。

ラグビーでは当たり前の基本的なプレーだと言う人もいるだろうが、その当たり前を全員が80分やり通したことが凄い。早稲田も十分に鍛え上げられたチームだったが、天理の隙を見付けることが最後まで難しかったのかなと思う。

小松監督が就任した当時の天理大学ラグビー部は練習もろくにせず、部室は煙草の吸い殻や空き缶で汚れ放題だったと聞いた記憶がある。そういうラグビー部をここまで育て上げるには大変な苦労があったろうし、選手の中から一人ずつ賛同者が現れてくるのを根気強く待ったに違いない。小松監督のそんな苦労を思うと胸が熱くなり、涙がこぼれた。


しかし、次に泣くのは、同志社のゲームを観戦したときであって欲しい。
新年早々、緊急事態宣言が発令された。簡単には収束しないまでも、欧米程の感染拡大はないだろうという私の予想は外れた。

大晦日の紅白歌合戦、声援がない分、歌手の実力が良く分かり、興味深く観た。観客がいなければ盛り上がらないだろうという私の予想は外れた。

大学ラグビー選手権準決勝、天理が明治に快勝した。早明戦で見せた明治の前に出るディフェンスが天理を止めるだろうという私の予想は外れた。

トランプ大統領の支持者が議事堂に侵入した。不満はあっても、現実を受け入れる良心と余裕から融合が始まるだろうという私の予想は外れた。


予想は外れる。多分、過去の経験や未来への願望が強く作用するからだろう。将来の予想より、今日の予定をしっかり立て、きちんと行動しようと思う。