バイオリンを習い始めて、この5月で丸8年になる。小学1年生だった子供が中学3年生になっているのだから、決して短くはない年月を費やしたことになる。

(9年目のお月謝袋)

「8年」で思い出すのは「桃栗三年柿八年」ということわざだ。何かを得るにはそれなりの年月を要する、という教えだろうが、念のため意味を調べていたら、同志社女子大の吉海直人教授が「桃栗三年柿八年」に続く言葉をいくつか紹介されていた。その中で、いちばん気に入ったものを書いておく。

桃栗三年柿八年、
梅はすいすい十三年、
柚子の大馬鹿十八年、
林檎にこにこ二十五年、
銀杏のきちがい三十年、
女房の不作は六十年、
亭主の不作はこれまた一生。

8年は十分に長いと思っていたが、梅、柚子、林檎、銀杏を考えたら初心者も良いところだ。心して9年目を迎えようと思う。それはそうと、亭主の不作はこれまた一生、とはひどい物言いだ。これは言い過ぎだよね、と確認したいが、そうかしら、と返されたら立場がないから止めておく(笑)
昨夜、フジコ・ヘミングさんのコンサートがあった。お名前だけは存じ上げていたが、きちんと演奏を聴いたことがないし、良い機会だと思い、サントリーホールまで出掛けてみた。


最初に驚いたのは、フジコ・ヘミングさんが杖をつき、男性にエスコートされながらステージに出て来られたことだ。80才を悠に超えておられるから不自然ではないが、ピアノを弾けるのだろうかと心配になった。が、私の心配など大きなお世話で、ピアノの前に座られると背筋がピシッと伸び、それが当たり前のように弾き始められた。

次に驚いたのは、ピアノの音色がものすごく優しくて、何か暖かいものに包まれるような気持ちになったことだ。演奏が終わる度に送られる拍手も暖かだったから、フジコ・ヘミングさんの生きざまやお人柄もひっくるめて大好きな方々が詰め掛けて居られたのだろう。

私はクラシックにもピアノにも詳しくないので、一番印象に残った曲について書いておこうと思う。ショパンのエチュード、ハ短調、「革命」という曲だ。激しく燃え上がるような旋律を聴いたことがあり、なるほど、だから「革命」なんだと知ったが、フジコ・ヘミングさんの演奏は激しく攻撃的というよりは、なぜ革命が起きたのか、なぜ革命を起こさねばならなかったのかという人々の悲しみや苦しさが伝わって来るようで、胸を締め付けられる思いがした。素敵なコンサートだった。
青山通りで献血を呼び掛けている女性がいた。道行く人は皆さん素通りするから、ちょっと気の毒になり、「僕、献血します」と言ったら、「ありがとうございます!」と元気な返事が返ってきた。しかし・・・

女性「3、40分掛かりますが大丈夫ですか?」
ボル「お昼休みだから大丈夫です。」
女性「献血されたことありますか?」
ボル「ありますが、10年位前かな。」
女性「では、年齢を教えてくださいますか?」
ボル「65才です。」
女性「・・・・・」

女性が言葉に詰まった理由が分からなかったのだが、要は年齢制限があり、過去5年の間に献血したことがなければ、64才までしか献血できないという決まりがあるらしい。

女性は私の厚意を無にすることに平謝りだったし、私は私で最初に年齢を確認されなかったのは私が老人には見えなかったからだと慰めてはみたが、やはりスッキリしない。

そのまま歩き続けたが、赤信号で止まったときにハタと気付いた。「私が不愉快なのは私が対象外にされたからだ。そういう決まりがある団体や場所は私の方から対象外にすれば良いのだ。」

それでやっとスッキリした。選ばれる側に回るのではなく、選ぶ側にいようとする気概こそ65才には必要なのかなと思った次第。