今日は母の命日だ。
22年前の7月26日朝に亡くなった。たまたま私はその前夜から病室に泊まり込んでいたので、兄妹を代表して母を見送ることができた。


十分な親孝行ができなかったが、母の言っていた「元気に暮らしてくれていることが、何よりの親孝行や」を心の支えにしてきた。最近は、それが少し分かるようにやってきた。しっかり生きます!

朝の散歩で昼顔と白粉花を見付けた。



どちらも、手入れされた形跡のない空き地で咲いていたから、何と健気で逞しいんだろうと感心した。その思いを残したまま出社し、仲の良いお取引先に写真を見せ、「この昼顔と白粉花、空き地の金網から顔を出して咲いてるんです。誰も世話してへんのに、健気やと思いません? まるで私自身を見ているようでした(笑)」と話した。

その方は一瞬、私の言葉に笑われたが、その笑顔のまま、「ボルさんはちゃんとした家庭で育ち、良い学校で学び、その後は長く上場企業で働いて来られました。私から見ると、大事に手入れされ、お世話されてきた養殖ですよ。」とおっしゃった。一瞬、予期しなかった言葉に思考が止まったが、直ぐにその通りだと気付いた。

「ホンマですね。おっしゃる通りです。ただ、今月末で退職するんです。野生に戻れるかどうか、挑戦してみます。先ずは養殖だけに美味しそうな脂肪がたっぷり付いているから、これから落とさないと・・・さては、私を食べようと狙ってます?」と返したら、「ハハハ、ボルさん、養殖の割には骨がありそうだから、止めておきます(笑)」

さて、野生に戻れるかどうか。
吉村真代さんのリサイタルは、正に「三度目の正直」となった訳だが、最初の予定日だった昨年3月11日の東京の感染者は僅か6人、次に予定された今年の5月4日は609人、リサイタル当日の7月12日は502人、そして今日は何と1,308人だったから、三度目の延期があってもおかしくなかったし、逆に、最初の延期は慎重過ぎたのかなとも思えてくる。結果から対応を見直さざるを得ない難しさか。

さて、吉村さんのリサイタルの演目はハイドンの「ピアノ・ソナタ ホ長調」、ベートーベンの「ピアノ・ソナタ 第7番 ニ長調」、シューマンの「蝶々 作品2」、そしてブラームスの「6つの小品 作品118 」で、クラシック音痴の私からすると殆ど聴いた記憶のないものばかりだったが、最後のブラームスには心を揺さぶられた。

パンフレットに「1891年にイシュルで遺書をしたためたブラームスが作曲した小品集の一つで、ブラームスの深い厭世観を漂わせている」と書かれていたことから、俄然、ブラームスの心境に興味が湧いたのだろう。ブログに書いてみようと赤のボールペンで私の印象のメモを始めた。

(Wikipediaの画像をお借りしました)

深い悲しみ、憤り、安らぎ、希望、不安と希望が交錯、攻撃、休息、再び攻撃、一人ぼっち、迷子、問い掛け、返事なし、再び憤り、達観・・・最後は平和なトーンで終わっていたから、ブラームスも少しは悟りを開いた境地になったのだろうか。遺書をしたためたのが58才の時、それから6年後の1897年に、今の私より若い64才で亡くなっている。私など、永遠に持てないであろう知性と貫禄がある。