昨日の7月12日(月)、吉村真代さんのピアノ・リサイタルが東京文化会館で催された。素晴らしい演奏だったが、良く見るとグリーンのチケットは昨年2020年の3月11日(水)になっているし、ベージュのパンフレットは今年の5月4日(火・祝)になっている。新型コロナの影響で、リサイタルが2度までも延期されたからだ。


新型コロナがこんなに長く居座るとは思っていなかったし、ここまで仕事の進め方や日々の暮らしを変えるとも想像できなかった。いつの間にか復興五輪だったはずのオリンピック・パラリンピックも新型コロナに打ち克つためのシンボルみたいに言われているから、あちらこちらで主役の座を奪っているということだろう。

全く困った存在だが、今や新型コロナを知らない人はいないから、これにどう立ち向かうかを聞いたり見たりすることで、個人や組織、更には国家の思想や姿勢が良く分かるように思う。例えば、イギリスでは再び感染拡大が始まっているのに、ワクチン接種の浸透で死亡率や重症化率が下がっているとの理由から規制を撤廃すると発表した。日本では考えられない決定だろう。

勤務先や取引先を見ても、政府よりも早くテレワークに切り替えたところもあれば、政府の方針発表を待つところや、頑としてテレワークを受け入れないところなど様々だった。何が正解かは分からないが、多分、決めないことが最も危ないように思う。先ず決める。その上で、間違ったと思ったら潔くそれを認め、改める。私はそういう方針で臨もうと思う。
66才の誕生日を迎えた。

可愛いと言われた兄、元気そうと言われた私(笑)

友人、知人から「お誕生日おめでとう」というメッセージが届いたので、「アタマの中身は小学校六年生で止まっていますので、いよいよこれから思春期を迎えます」とか、「認知症予備軍ですが、同じ忘れるなら、過去の失敗と年齢から忘れるようにしようと思います」と返していたら、「俺も見習います」とか、「それ、名案やね」という返事が来た。

それで調子に乗り、「間違っても、年齢相応と言われる落ち着きなど持とうとは思いません」と再び返したら、「それは持たないのではなく、持てないと言うべきやね」とたしなめられた。その通りだ。黙っていても絵になるオトナにはなれそうもないから、しばらくはこのまま賑やかに動こうと思う。

お世話になっている整形外科医の先生から、「能楽にご興味はありますか?」 と尋ねられ、「全くなかっただけに、急に興味が湧いてきました」と答えたら、ご友人の能楽師、奥川恒治さんが催される能楽の会をご案内下さった。



何の準備も下調べもせずに出掛けたのだが、最初の「仕舞」で「地謡」と呼ばれる方々の朗々とした歌声に驚いた。歌の内容は良く分からないが、耳に大変心地良く、聴く内に不覚にもうとうとしてしまった。次の「狂言」は三名の登場人物が茶壺を巡って争うというお話で、こちらも台詞の内容が全て分かった訳ではないが、動作や舞いがユーモラスで、思わず笑ってしまう場面があった。


さて、メインの「能」は「大原御幸」という物語で、パンフレットには「檀ノ浦で海に身を投げた平清盛の娘、徳子が源氏の武将に助けられ、息子である安徳天皇や一門の菩提を弔うために出家し、建礼門院となって暮らしている。そこに後白河法皇が訪ねてきて、安徳天皇の最期の話などを聞く」という解説があった。それを読んでいたから物語の展開に付いていけたように思うが、主役の建礼門院は能面を付けて居られるし、他の登場人物も表情が変わらず、動作も大きくないから、目から入る情報だけでは理解できないように思った。


それでも舞台に惹き付けられたのは、リズムや強弱が場面によって変わる大鼓や小鼓、笛の音、地謡の歌声から緊迫した状況や深い悲しみが伝わって来たからか。最近はCGを駆使した映像などに慣れているから、例えて言うと、動画ではなく静止画像を10秒毎に見ているような感覚だったが、その分、一所懸命聴こうとしたし、又、建礼門院の心中を推し測ろうと自然に努力したように思う。ひょっとしたら、それが能楽の面白さか。