みずほ銀行の度重なるシステム障害が問題にされている。私はシステム音痴だから何も意見できないが、生まれて初めて口座を開いたのが富士銀行で、次が第一勧業銀行だったから、みずほ銀行には親しみがあるし、今も貯金の殆どをみずほ銀行に預けている。だから、みずほ銀行ガンバレ!

(いつの日か、残高気にせず下ろしたい・笑)

ここからは、みずほ銀行とは関係のない話になるが、「業界再編成」の名の下に同業の会社が統合される度に、いつも漠然とした不安にかられる。規模を大きくし、重複する機能を整理することで安定感や収益力は増すのだろうが、その効果はいずれ消えてなくなる。だから、もっと大事なのは「どういう会社にするか」というビジョンのように思う。

色に例えて言うと、赤と白を混ぜるとピンクになることは皆知っている。だから、赤社と白社が合併するのでピンク社になると決める。そこで、全員一旦退職して貰い、その上で、ピンク社がそのビジョンや仕組みを開示し、それに共鳴する社員を新たに幅広く募集し採用する。人もシステムも企業文化も社風も社訓もゼロスタートにする訳だ。

そんな簡単な話ではないんです、と叱られそうだが、例えば、2019年のラグビーW杯に登場したジャパンが強かったのは、こう攻めてこう守る、というチームのコンセプトが明確で、それに適した選手を集め、更にはそれを徹底し、無駄な動きを排除していたように見える。最初に定めたのはチームのコンセプトやビジョンで、それから選手を選んだように思うのだ。企業にも応用できないか? ま、ともかく、貯金しているんだから、みずほ銀行ガンバレ!

ローランド・ベルガーの福田 稔さんの著書だが、副題が「日本企業が半分になる日」だ。長年お世話になったアパレル企業を退職したばかりだが、内容が気にならない訳がない。直ぐにアマゾンで取り寄せ、2日間で読んだ。新型コロナ出現前の2019年に書かれた本だが、アパレル業界が抱えている課題や、アパレル企業に与えられた選択肢が分かり易くまとめられていた。



私は1978年に社会人となった。当時は日本経済が未だ成長過程にあり、自らを「中流」と意識している人が多くいた。豊かな中間層ともいえる人たちで、その中でも実家に暮らす「独身貴族」や「OL貴族」と呼ばれた若者が可処分所得を積極的にお洒落のために費やし、アパレル業界の成長を支えてくれたように思う。しかし、バブルが弾け、その後遺症に苦しむ中で中流と意識できる人がどんどん少なくなり、次第にユニクロやZARAで異なるお洒落に切り換えて行かれた方も多いように思う。かく言う私もその一人だし(笑)

 

更には、イギリスの「ブーフー」や「エイソス」などテクノロジーの進化をフルに活用したオンライン特化型のアパレル企業が出現したり、EC最大手のアマゾンが自社ブランドのアパレルを立ち上げたりと、新規参入が後を絶たない。何とも賑やかなことだが、新たな参入があるということは、そこに成長の可能性を見出しているか、又は既存企業との戦いに勝算ありと考えているからだろう。業界、業種に関係なく、サボっていては取り残されるか倒される・・・そういう厳しい時代を迎えているのだと思う。福田さんが「おわりに」で記された言葉が印象に残ったので、そのまま転記する。

 

「戦後、奇跡の復興を成し遂げた昭和を牽引した高度経済成長期のシステム(民間はボトムアップ型のコンセンサス経営、官は護送船団方式に代表される官僚的な日本型統治)が平成の時代に合わず、機能不全を起こしていたことは明らかだ。しかしながら、多くの人が成功体験から離れられず、或いは薄々、機能不全に気付いていても抜本的な対策を取らず、過去の栄光に甘んじ、ズルズルと惰性に甘んじてしまったのが平成という時代だった。」


この「成功体験」は時代が変わると失敗の原因になるということか。私も気を付けよう・・・というほど成功体験はないか(笑)

同志社混声合唱団でご一緒しているソプラノの廣瀬くに子さんから、G.ヴェルディの「仮面舞踏会」のご案内を頂いた。廣瀬さんは Gruppo Animato というグループを立ち上げられ、今回がその第1回公演とのこと。合唱団の仲間と一緒に会場へと向かった。


「仮面舞踏会」の舞台は、アメリカが未だイギリスの植民地だった頃のボストンになっているが、元々はスウェーデン国王グスタフ三世が仮面舞踏会で暗殺されたことをテーマにして作られた物語だったらしい。そんな背景からイタリア国内での上演がなかなか許されず、やむなくボストンを舞台にした物語に書き直し、1859年にやっとローマで陽の目を見たオペラとのことだ。

あらすじはこうだ。ボストン総督のリッカルドが腹心の部下であるレナートの妻、アメーリアに心惹かれ、アメーリアも又リッカルドに思いを寄せる。決して公にできない苦しい恋愛となるが、これがレナートの知るところとなり、そこに未来を言い当てるウルーリカという占い師や、リッカルドに恨みを抱くサミュエルとトムが登場することで、不幸な結末への転落が加速する。最後の場面では全ての登場人物が善人に戻り、これが救いになるように思ったが、時代は変われども、人間の性や苦しみ、悲しみ、怒りは変わらないということか。

全三幕、原語での上演だったから、歌詞の意味は正確には分からない。それでも最後まで楽しめたのは、あらすじさえ知っていれば、後は音楽が理解を深め、感情移入を容易にする役割を果たしてくれるからだろう。音楽の不思議を改めて感じる夜になった。