一昨日の毎日新聞スポーツ面に同志社大学ラグビー部の記事があった。「日本一は使命であり責任」というタイトルは、澁谷先輩が先日のOB総会でおっしゃった言葉だと思うが、記事にもある通り、大八木淳史や平尾誠二を擁した同志社大学ラグビー部が大学選手権3連覇を遂げたのは30年以上も前のことで、今の現役たちは生まれてもいない。それだけに、澁谷先輩の言葉に対して、「選手が作り上げるのが同志社ラグビー」と共同主将の南が言っているのを嬉しく思った。


同志社ラグビーには選手の自由な発想や試行錯誤を是とする文化がある。快足プロップだった選手がウィングにコンバートされたことがあるし、10人スクラムが試されたこともある。キックを封印して戦ったことがあるし、今では当たり前だが、ドライビングモールを最初に取り入れたのも同志社だろう。同志社ラグビーが自由と表現されるのは、そういう文化が形に表れるからのように思う。

私が現役の頃には、各々の大学に異なる特徴や文化があった。例えば、明治ラグビーは重戦車フォワードを核として最短距離を行く「タテ」のラグビー。そんな明治と互角に戦うため、早稲田ラグビーは素早く「ヨコ」に展開し、明治フォワードから離れた場所で勝負をかけた。そんなチームカラーに憧れる選手が集まるから、各々の文化に磨きがかかり、継承もされたのかと思う。

これに対し、同志社ラグビーは「自由」と表現されることが多いが、私は「冷蔵庫ラグビー」だと説明している。冷蔵庫を開けて中にある食材を見る。その食材を最も生かせる料理は何かと考える。卒業して行った食材は使えないが、逆に入学してきた食材は使えるから、今年作る料理はこうしよう。それが自由に見えるのだろうが、私は極めて論理的かつ現実的だと思うし、同志社ラグビーの卒業生がいろんなチームで素晴らしい指導者になれたのは、そういうチーム作りを体感したからかなと思う。