積読解消中(愚痴愚痴篇) -3ページ目

マルチメディア・インターネット辞典

マルチメディア・インターネット辞典
http://www.jiten.com/dicmi/pre.htm

うわああああああ

染みのついた天井裏に何かがうごめいている。傘で下からつつくとどこかに逃げていった。何がいるのかは考えたくない。

うわあああああ

一週間前にマンションのアンテナが壊れたらしくテレビが写らなくなり今になっても写らないのでいっそCATVをひこうかBSアンテナを設置しようかひとしきり悩んだ後大家に電話してテレビどうなってますかと聞いたら他の部屋は写るようになっていますといわれていやうちは写んないですと言って若干ごねて切った後にアンテナがはずれているのを発見してうわああああ。

仕事の波が激しく高いこと

あまりに波が高くてやり取りで時間をへずられて前に進みません。
しかもやたらとまちがったメールが届くのでその確認ばかりしている気がする。手をつけると電話が鳴る。忙しいのはわかるがもっと落ち着いてしたら無駄なやり取りも減ると思うんだが、そんなことは期待するだけ無駄だということは過去の経験からも思い知らされている。

それにしてもアメブロのランキングはよくわからんな。読者もほとんどいないしエントリもしていないのに大して下がらない。そんだけ設置だけして書かれないブログが多いということか。

なんだかよくわからない人権擁護法案についてのメモ

しばらく忙しくてネットしてなかったので、こんな大騒ぎになってるなんてぜんぜん知りませんでした。

反対意見についてはこちらでまとまっている。
人権擁護(言論弾圧)法案反対!

一番問題視されているのは、人権委員会の権限が強くその上差別の定義が曖昧なため、差別の名のもとにネット上の言論弾圧が始まるんではないか、という点。

もちろんそんなもの妄想に過ぎないという意見もある。

それはともかく、今回の人権擁護法案は、人種差別等の禁止に関する部分についていえば、制裁規定が非常に弱いので、2ちゃんねるや一部のブログなどで騒がれているような「濫用」などほとんど起こりえないといえそうです。

小倉秀夫の「IT法のTop Front」より

ただ、その軸とは別に、もともとパリ原則に反してるだろと国連に勧告されていた法案が肝心なところが修正もされずにそのままになっているという不思議もある。

国連規約人権委員会の日本への勧告のキモは、入国管理局や刑務所など国家による人権侵害が問題だった。が、今回の法案は、ジンケンだかスフだかというくらい、そこが、ずごく、ずれている。今回の法案では、人権委員会は法務省外局に置かれるというのだ。いつまでやってんだよ、笑っていいとも。

極東ブログより

なんでそんな法案がいまになって復活してきたかというと、実は解放同盟が動いていた。
東京新聞「人権関連法案突然の再浮上 仕掛けは解放同盟」

こうやってみるといま慌てて法案を成立させねばならない理由がまったく見えてこない。特に国連の勧告を無視してしまって、常任理事国入りとかに弊害は出てこないのだろうかという疑問がわく。別に私としては理事国にならなくてもいいけど、外務省的にはいいのだろうか?つーか、国連大好きのメディアはメディア規制にしか目が行っていないし。あまりに見事でミスディレクションじゃないかと思うほどだ。

解放同盟はなんだか民主党を裏切って与党にくみしたような形になっているけど、そこまでして成立させたい理由もよくわからない。解放同盟は「与野党に、法務省からの独立性と実効性ある人権委を要求してゆく」と言っているが、いやそれはそういう法案にしたうえで議論して成立を目指すべきものであって、とりあえずそういう方向にするようもって行くからいまんところそうじゃないけどよろしくってありなのか?民主党を篭絡させる手立てがあるということなのだろうか。

とにかくよくわからんがどうも不気味であることは確かだ。

自転車の籠に入っていたもの

自転車の籠に勝手にものを入れられるという経験は誰しもあるだろう。勝手に入れられるのは、タバコの空ケースだったり空き缶だったりくしゃくしゃのティッシュだったりまず碌でもないゴミだ。

ところで、今朝出かけようと思ったら、駐輪していた自転車の籠に冊子が入っていた。どの自転車の籠にも同じ冊子が入っていた。その冊子には、

「人が人として通るべき道」

と書かれていた。

人の自転車に勝手にものを入れるのが人の道ですか。そうですか。
すぐそこに郵便受けがあるというのに、それでもその人の道を説くには自転車の籠を利用せねばなりませんか。

確かに、郵便受けに入れられていたら家賃並ローンマンション月々60000円頭金なしとか60分10000円チェンジありとかガルエージェンシーとかに埋もれてあっさりと捨てられていたことは間違いない。不動産屋でもエロでも探偵でもないことが主張したいのか。同じにするなと言いたいのか。気持ちはわからないでもないことはない。全然わからん。

先に書いたように、自転車の籠に勝手に入れられるものは、ほぼゴミだ。そうでなかった経験は一度きりしかない。それは書くと長くなるのでここでは触れないが、とにかく99%ゴミだ。

つまり、この冊子は不動産屋でもエロでも探偵でもなく、どっちかというと空き缶とかタバコの空ケースとか鼻噛んだ後のティッシュとかと同じであるらしい。彼らは自らの教えがそういうものであることをアピールして回っているわけだ。いやいやわざわざお疲れさまであります。

友がきたりてみやげをおいて帰り自分の将来を憂えるのこと

夜に仕事をしているとピンポンがなる。珍しく仕事で糞忙しいというのに、さてはこのタイミングで来るのはLivedoorのおかげで影が薄くなった某メディア関係者かと思い、ドアを開けずに「そは誰そ」と問うてみると、なぜか某有名駅の名前を答える。のぞき穴から見ても暗くてさっぱりわからん。なんど問うても同じ答えしか返ってこないため、さては妖怪かと怪しんだところではたと思い出した。おお、そういえば学生時代にそういう名前の友がいたであるな。

扉の向こうでもなにやらそういうことを言わんとしているようだ。懐かしさにWelcomeな気持ちで扉を開けたら、ややふけて疲れた顔をした旧友が立っていた。年賀状の返事を出したのだが、その住所を見たらわりと近所だったので来たらしい。そこで思い出したのだが、彼は某宗教関係者だったのである。

突然の訪問と宗教関係者から導かれる解はひとつしか考えにくいのだが、そこに旧友であることが加わると話は微妙になる。学生時代からそのことは知っていたが、特に勧誘された記憶もない。半ば警戒しつつ、せっかく来てもらったのに仕事をしていて忙しいことを告げると、紙袋を出してどこそこに行ったのでおみやげを持ってきたという。警戒レベルを上げつつ、とりあえず中に招き入れ、あまり相手ができないことを謝り、名刺を交換して帰ってもらった。やはりその宗教関連の仕事をしていた。仕事が忙しくてよかったと思ったのは否定しない。

どんな宗教を信仰していようと勧誘さえしてくれなければかまわないわけだが、今後の雲行きはかなり怪しそうな気がする。もらったみやげ物にも手をつける気が進まない。というか、豆せんべいってどうよとか思う。まあいずれ何らかのお返しはするつもりであるし、もしかしたら仕事が回ってくるかもと期待しないでもない。それが良い仕事であれば私は喜んで引き受けて某宗教の犬になってしまうかもしれない悪寒もしなくはない。

それでも、誰かをそれに引き込もうとかそんな活動をしさえしなければ私的には問題ないと思うのであるが、親類縁者が知ったらたぶんドン引きになることは想像に難くない。たぶん内緒にしておかねばなるまい。私がもっとも苦手なのは誰かを誘って何かに引き込むことなので、あまり迷惑をかけることはあるまいが、中には人格が変わってしまう方もおられるらしいのでそんな風になったらどうしようと思わなくもない。ちょっと自分でも見てみたい気もするが。

それにしてもこれほど自分の将来について真剣に憂いたのはずいぶん久しぶりのことだ。私の将来ははたしてトリコロール色に染まってしまうのであろうか。

ブログの引越し

ニフティからアメブロへ引越ししてきました。
過去記事はぼちぼちアップしていきます。

本題に戻って

今後の積読解消予定。

『HARRY POTTER and the Order of the Phenix』
ペーパーバックになった時点で原書で購入。8章まで読んで挫折。

『百鬼解読』
なんとなくほったらかし。

『千夜一夜物語』
バートン版のハードカバーを古本屋で購入。第一巻途中で挫折。新しく出た文庫版のほうが読みやすそうな…。

他にもあるけど、当面はこの3冊、じゃないなこの3作に。
とりあえず、ハリポタからとりかかります。目標は次の『Harry Potter and the Half-Blood Prince』が出る7月16日まで。

中国のマンガ家が考えていること

先日、上海に行ったついでに中国のマンガを買ってきた。

中国から来た留学生に聞いたところでは、「マンガなんかない」と断言されていたわけだが、まったくそんなことはなかった。というか、ほとんどオタク化しかけてるんじゃないかという節すらうかがえた。ただ、どうもこの辺は住んでいるところにもよるらしい。上海は特に日本に近く、カタカナで「ラーメン」と書かれた店が跋扈しているわ、駅の売店で物を買うとなぜか「コーナン」の袋に入れてくれるわ、テレビをつけたらCCさくらをやっているわ、反日とか南京とか靖国とか言うわりに、上海では文化的に日本にすっかり浸透されてるじゃねえかと思ってしまったもんである。

まあそんな感じなので、マンガもコナンとかスラムダンクとか(たぶん海賊版ではない)ものが並べられていて、中国マンガよりもそっちのほうが多いのである。中国マンガは歴史物や四大奇書のマンガ版が多く、あまりオリジナルは見当たらなかった。また原作つきが多くて、ストーリーも絵も1人のマンガ家がやっているのは少ないようである。

しかしどうせなら日本で読めるようなものじゃないものをと思って探して見つけたのが、『動物凶猛』である。
やはり原作付きではあるものの中国の有名な小説を原作にしていて、絵柄もそんなに日本ぽくはない。それより何より面白かったのは、冒頭に書かれたマンガ家の肩にやけに力の入った熱い語りである。以下、その部分を抜粋して訳して見た。一応ネイティブである中国人留学生に確認してもらったところ、作品のもつ背景(1950年代の中国の事情)を知らないと意味がとりにくい部分もあるので、いまいち日本人にはわかりづらいんだそうだ。


作品には、この時代のひとりの人間と組織的人間としての気質が直感的に反映されている。中国の原作漫画と同じで中国人の漫画として独立精神があるものが要求されており、こうした性格は本土文化として形成されてきたもので、歴史的に受け継がれてきて動かせないものだ。中国の特色をもつ漫画を作ろうというスローガンは何年も続いてきたけど、でも大多数の作品はまだ日本の「真似」、copyでしかない。いわゆる芸術作品としては、ただ単に技法上とストーリー上に独立精神と新しさがあるだけではなく、さらに中国本土の要素を吸収し飲み込んだものでないといけない。特に言っておきたいのは、この中で「本土化」としてとりいれたものは、中国の絵である毛筆を用いての水墨画よりも、むしろ伝統的な建築や言葉、服装など、深く感じて考えた分析にあることだ。こうした過程があってやっと、結果が出て、気がつくことがある。あるレベルの話からは、これと現代デザイン原理は一致する。


芸術作品とかそんなに肩肘張らなくてもという気もするが、チェックしてもらった中国人留学生に聞くと、こういうところでは難しいことを書きたがるものだから本気でそこまで考えているとも言えないとのことである。だからまあ中国精神だ!つっても本当にスローガン「だけ」なのかもしれない。パラパラとページを捲りながら、教室はこんなに窓がなかったとか、こんな服装してなかったとか突っ込まれまくっていた。絵の作者は宋洋という人で1981年生まれとかなり若く、1998年でデビューなのでわずか17歳で長編マンガを連載し、新人王的な賞も取っている。若手のそれもかなり有望株であるらしいが、さすがにそんな若さで50年代の中国を描くのは無理があったのかもしれない。

ひょっとしたら興味を持ってくれるかもしれないマンガネタなので夏目先生にTB。