映像の世紀バタフライエフェクト「世界を変えた“愚か者”フラーとジョブズ」 | 日々是本日

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【再放送】

映像の世紀バタフライエフェクト「世界を変えた“愚か者”フラーとジョブズ」

総合テレビ 11月17日(木)午前0:40~ ※11月16日(水)深夜

 

 映像の世紀バタフライエフェクトは今年の四月からスタートしたNHKの映像の世紀シリーズの新企画番組である。

 

 映像の世紀シリーズの企画趣旨は下記の通りである。

 

20世紀は人類が初めて歴史を「動く映像」として見ることができた最初の世紀です。映像は20世紀をいかに記録してきたのか。世界中に保存されている映像記録を発掘、収集、そして再構成した画期的なドキュメンタリーのシリーズ。活字とはひと味違った映像ならではの迫力と臨場感あふれる映像で20世紀の人類社会を鮮やかに浮き彫りにします。

公式サイトより引用

 

 初代シリーズの第一回の放送は1995年3月25日まで遡る。

 

▼初代シリーズの第一回「20世紀の幕開け 〜カメラは歴史の断片をとらえ始めた〜」

 

 新シリーズであるバタフライエフェクトの企画趣旨は、個々の出来事の連鎖が予期しない結果をもたらすという観点で、起こった後だからこそ関連していたことがわかる個々の出来事を取り上げるというものである。

 

 歴史的事実を中心とした内容が多かったのでこのブログでは取り上げなかったが、今回のフラーとジョブズの回は二人の思想的な内容が中心で、個人的に思うところがあったのでブログ記事にすることにした。

 

「宇宙船地球号」という概念を唱え、人類と地球との調和を説いた思想家バックミンスター・フラー。「現代のレオナルド・ダビンチ」とも「狂人」とも称されたフラーの思想は、無数の若者たちを突き動かす。その中に、若き日のスティーブ・ジョブズがいた。フラーの思想は、時空を超え、ジョブズに受け継がれ、世界を変えていく。そして生まれた伝説のスピーチ。常識に抗い続けた、ふたりの「愚か者」が起こした奇跡の物語である。

公式サイトより引用

 

 フラーもジョブズも著名であり、フラーは過去の人になりつつあるものの各人の情報は既にいろいろな形で共有されている。

 

 そしてこの番組の趣旨は二人の接点と共通性を指摘するところにあるのだが、内容についての見方は幾つもあるだろう。

 

 ということで、ここでは私なりの見方を書いておこうと思った次第である。

 

 

---以下、ネタばれあり注意---

 

 

 ではそろそろ本題に入ろう。

 

 番組は2005年6月12日、スタンフォード大学卒業式でのジョブズの演説映像から始まる。

 

 2011年に56歳でガンで亡くなる6年前である。

 

 ナレーションは、学生たちの心を最も強く揺さぶった言葉としてジョブズが最後に語った次の言葉を取り上げた。

 

これから新たな道を行くあなたたちにこの言葉を贈ろう

ハングリーであれ 愚かであれ

 

 ジョブズの発言で有名になった「Stay hungly. Stay foolish.」である。


 そして番組は、バックミンスター・フラーの話に切り替わる。

 

 バックミンスター・フラーは1960年代に「地球船宇宙号」というキーワードで人類と地球の調和を説いた思想家・発明家である。

 

 そして、あの「Stay hungly. Stay foolish.」という言葉が、フラーとジョブズを繋ぐ接点であったということが告げられる。

 

 オープニング映像を挟んで、次にフラーの前半生が紹介される。

 

 

■フラーについて

 

 1927年、ハーバード大学を中退してその後の建築関係のビジネスに失敗したフラーは、ミシガン湖に身投げをしようとしていた。

 

 しかし、ある考えが浮かんで自殺を思いとどまったという。

 

 それは、

私の人生と経験を

他人のためだけに使ってみたらどうだろう

私が感じたような苦しみを 味わわないですむよう

他の人々を助けるんだ

という考えだった。

 

 フラーはその後、「人類を貧困から物質的に有利な状態へと引き上げるために、より少ないものでより多くのことをなす」という考え方に基づいた発明を続ける。

 

 そして30年後の1957年に開発した「ジオデシックドーム」と呼ばれる三角形の骨組みを用いたドームで成功を収める。

 

 これは富士山頂の観測所にも採用された建築物である。

 

 また、この「ジオデシックドーム」を取り入れたフラーの顔のイラストが、1964年1月10号のTIME誌の表紙を飾っている。

 

 さて、フラーの「最小のものから最大をなす」(ダイマクション)という考え方は、その後「宇宙船地球号」という思想に発展する。

 

 その骨子はこうである。

 

地球を一つの宇宙船に喩え

乗組員である人類は航海を続けるには争いを止め

限りある資源を有効に使わなければならない

 

 環境保護が叫ばれ始めた時代である。

 

 フラーの話は一旦、ここで終わりジョブズの話となるので、ここでフラーの人生と思想について振り返っておきたい。

 

 一つ目は、ビジネスに失敗して自殺しようとしたがその後に発明で成功したフラーの人生についてである。

 

 このことの意味は何だろうか?

 

 二つ目は、「宇宙船地球号」という思想についてである。

 

 同じ船に乗っているのだから協力して資源を有効に使うべきであるというのはもっともであ

り、地球全体というグローバルな視点を提示したことには意義がある。

 

 注意したいのは、ここに因果関係を読み込むことである。

 

 つまり、資源がなくなりそうだから協力してそれを回避するのは手段としてもっともであるが、これは人類が協力することの核心だろうかということである。

 

 協力すれば資源が有効活用できるという事と、人類が協力する理由が資源が有限であるからという事は同じではない。


 資源が無尽蔵にあれば人類は協力しなくてもいいのだろうか。

 

 そんなことはないだろう。

 資源の有効活用についても同様の事が言える。

 

 資源に限りがあるから協力して資源を有効活用しなくてはならないのだろうか。

 

 あるいは、資源が無尽蔵にあれば環境を保護しなくてもいいのだろうか、と問うことができるからである。


 だから、環境を保護するのは自然と共存することそのものに意味があるからであり、人類が協力するのもそのこと自体に意味があるからではないのだろうか。

 

 三つめは、この一つ目と二つ目の両方が意味することは何だろうかということである。

 

 まず、ビジネスに失敗して自殺しようとしたがその後に発明で成功したフラーの人生は、自分自身の活かし方を間違えたと考えることができるのではないだろうか。

 

 また、「宇宙船地球号」という考え方のことの持つグローバルな視点の意味は、今後必要なのは技術開発によって資源を有効活用するということに加えて、それを上手く使うために協力していくということだと考えることができるのではないだろうか。

 

 技術開発によって協力よりも争いが増すのであれば、これもまた技術の活かし方を間違えていると言わざるを得ない。

 

 技術は兵器にも使われる。それは手段だから。

 技術は復興にも使われる。それは手段だから。

 重要なのは技術の使い方である。それは手段だから。

 

 これらのことからの帰結は、人も技術も活かし方を間違えてはいけないということである。

 

 

■ジョブズについて

 

 それではジョブズの話に進もう。

 

 ジョブズの話のメインはApple社を退いた後からである。

 

 1955年に生まれたジョブズは1976年(21歳)でApple社を創業しするが、マッキントッシュの販売に失敗し、その後の1985年(30歳)にApple社を去る。

 

 コンピューター業界ではその後、マイクロソフト社がWindows95で成功を収める。

 

 一方、ジョブズはApple社退陣後に投資したベンチャー企業Pixerで、映像制作での成功を収めた。

 

 Pixerはもともとジョブズが自分の理想とするコンピュータを開発する会社であった。

 

 製作機はPixerIIというハイスペックマシンで、映像制作はコンピュータの性能を示すためのものであった。

 

 1996年(41歳)でApple社に復帰したジョブズはその後、iMac、iPod、iPhone を発売して成功を続けていく。

 

 このジョブズの軌跡から、何が当たるかわからないという教訓を読み取ることはできようが、ここでは敢えて、

 

 ジョブズは何を間違ったのか?

 

と問いたい。

 

 そして、やはり自分と技術の活かし方を間違ったのではないかと答えたい。

 

 尚、ジョブズ関連の映像では、個人的には下記の伝記映画が良かったので、参考までに挙げておく。

 

 ▼映画「スティーブ・ジョブズ」(2013年・アメリカ)

スティーブ・ジョブズ [Blu-ray]

監督:ジョシュア・マイケル・スターン

主演:アシュトン・カッチャー

 

 

■「ホールアースカタログ」(全地球カタログ)について

 

 さて、番組ではこのジョブズの話の間に、フラーと「ホールアースカタログ」の話が挟まっている。

 

 「宇宙船地球号」という思想によって、フラーは1960年代にヒッピームーブメントや環境保護運動でカリスマとされていた。

 

 そして、当時のヒッピーがバイブルとしていたという本が紹介される。

 

 「ホールアースカタログ」(全地球カタログ)である。


 これは、フラーの思想から1968年に創刊された、「環境と調和する生き方に役立つカッコいい製品」を集めたカタログ本である。

 

 番組で紹介される、創刊号の言葉こうである。

 

このカタログはバックミンスター・フラーの思想に導かれて作られました

フラーの言葉まるで即興の音楽のように驚きに満ちています

フラーは今 最も独創的で

実用的な知性の持ち主なのです

 

 このカタログ本はヒッピーカルチャーが下火になった1971年に廃刊となる。

 

 この時の廃刊イベントで、カタログの売り上げ二万ドルをユニークな使い道を提案した者に譲るという企画があった。

 

 世界を放浪してきたフレッド・ムーアという男が、

 

「100ドル札なんか燃やそう」

 

と言って二万ドルを手にした。

 

 金はムーアに与えられたが、ムーアは金を燃やさなかった。

 

 そして四年後に「ホームブリューコンピュータークラブ」というコンピューター愛好家のサークルを立ち上げる。

 

 ここに参加したジョブズは同じ会員であったウォズニアックと出会い、Apple社を立ち上げることになる。

 

 ジョブズのその後については、既に述べた通りである。

 

 そして番組の映像は卒業式の映像にもどる。

 

 今度は、演説の別の部分が紹介される。

 

あなたたちの時間は限られている

誰かの言いなりになって

人生を浪費してはならない

誰かの教えにとらわれるな

それは他人に従っていきることだ

あなた自身の内なる声を

周囲の意見に埋もれさせるな

最も大事なのは あなたの心と直感を

信じる勇気を持つことだ

 

 この後でジョブズは、まだ十代だった1960年代に「ホールアースカタログ」を読んだ話をして、最終号の裏表紙に載っていた言葉としてあの「Stay hungly. Stay foolish.」を紹介したのだった。

 

ハングリーであれ 愚かであれ

私自身 いつもそうありたいと願ってきた

これから新たな道を行くあなたたちに

この言葉を贈ろう

ハングリーであれ 愚かであれ

 

 2011年に56歳でガンで亡くなる6年前のことであった。

 

 番組の締め括りはフラーの言葉だった。

 

私は若者の精神など

まったくあてにならないと考えている

古い世代にしつけられた

 

でも 私が考えたことの方が真実で

社会が信じろと言ったことの方が

真実じゃなかったことが 何度も何度もあったんだ

 

人生を振り返ろう

若き日に挫折し 捨て去った願いや

好奇心を呼び覚まそう

 

あらゆる人にしてほしいのは

澄んだ心で考えることなのだ

 

 フラーのこの言葉を選んで最後にもってきたのは、番組の製作意図だろう。

 

 番組は月から見た地球の映像を見せてから、「Stay hungly. Stay foolish.」と書かれた「ホールアースカタログ」の裏表紙を映して終わった。

 

 「宇宙船地球号」という見方でもう一度考えてみよう、「Stay hungly. Stay foolish.」という精神でもう一度考え直してみよう、というメッセージが伝わってくる綺麗な終わり方だった。

 

 

■「Stay hungly. Stay foolish.」という言葉について

 

 番組の字幕での訳は「ハングリーであれ 愚かであれ」であった。

 

 これは訳しているようではあるが、この言葉全体の意味を伝えていかという点では、そうでもないように思われる。

 

 ジョブズのこの卒業式の演説の情報はネット上に沢山あるが、同様の感想を持った人は多かったのだろう、この言葉の意味するところを書いているサイトが幾つもあった。

 

 

 

 私も自分の考えを書いて、この記事を終わりたいと思う。

 

 前半部分の「Stay hungly.」についての私の解釈の軸となったのは、飼い犬と野良犬の違いである。

 

 つまり、飼い犬の居心地よさに安住しないで、野良犬の野生を忘れるなということである。

 

 これを受けて後半部分の「Stay foolish.」を考えると、飼い犬の居心地よさに安住することは、常識や誰かの考えを掲げて知った気になるなということである。

 

 また後半部分から辿れば、常識や誰かの考えを掲げて知った気にならないから野生を忘れないでいることができるということになる。

 

 だから、この前後の内容は重要な二つの事というよりも、この組み合わせによる意味が意図されていると読んだ。

 

 そしてこの野生ということは、フラーにおいては「私の人生と経験を他人のために使って他の人々を助ける」ということを考え続けるということであって、より素晴らしい世界に対して飢え続けるということであるのだと思う。

 

 ジョブズにおいては「人間の可能性を拓いていく手段を考え続ける」ということであって、人間が新しく成し得ることに対して飢え続けるということであるのだと思う。

 

 それ故、「Stay hungly. Stay foolish.」という精神でもう一度考え直せばいいんだということを知ってそこに安住するだけならば、これを自分の常識ノートに書き加えて安心するだけなららば、これは「Stay hungly. Stay foolish.」の精神に反していることになるだろう。

 

 「Stay hungly. Stay foolish.」という言葉の活かし方を間違ってはならない。

 

 

■温故知新としての「Stay hungly. Stay foolish.」

 

 私は「Stay hungly. Stay foolish.」という言葉を、「知ったつもりの世界に安住せず、野生を忘れないで飢えろ」という意味に解釈したが、同様の趣旨のことは既にいろいろな言い方で言われていることである。

 

 前半部部分の「Stay hungly.」についての具体例としてまず、過去の記事で紹介したイーロン・マスクの言葉を挙げる。

 

「今の子たちには逆境を人工的につくるしかないね。」

※桑原晃弥「イーロン・マスクの言葉」きずな出版2018, p204 より引用

 

▼イーロン・マスクの過去の記事

 

 あるいはまた、ソローが「森の生活」の中で述べている「自発的貧困」も挙げることができる。

 

われわれの言葉で自発的貧困とでも呼ばれるべき有利な基盤に立脚しなければ、だれひとり人間の生活を公平な賢い目で観察することはできないのである。

※ソロー「森の生活」(飯田 実 訳)岩波文庫1995, 上p29

 

▼ソロー「森の生活」の過去の記事

 

 更に、ソローが「森の生活」の中で述べている「自発的貧困」という考え方には、マスクが言ってる「人工的な逆境」以上のものがある、と私は思っている。

 

 それは、ただ貧困であれというのではなく、自発的な貧困ならばそれは有利な基盤であると言っているからである。

 

 ソローは「森の生活」の中で、自発的な貧困がなぜ有利な基盤とでも呼ばれるべきなのかを明確に書いてはないが、本当の貧困に対して贅沢を排しているけれども必要な手段はあるという状態を想定しているから有利な基盤であるとしたのではないかというのが私の読みである。

 

 これはジョブズが、人々の生活を豊かにし人間の可能性を拓く製品を作りながら、一方では「Stay hungly. Stay foolish.」と言っていることに通じていると思う。

 

 豊かさも便利さも溢れる情報も、我々が堕落するためにあるのでもなければ、鈍らになるためにあるのでもないのだから。

 

 だからこうした世界にあるならば、野生を忘れないために我々は自らを飢えに追い込まねばならないのである。

 

 後半部分の「Stay foolish.」との関連で思い出されるのは、「ビギナーズマインド」である。

 

 

 鈴木俊隆さんのこの本は、帯に「スティーブ・ジョブズが愛読した禅のバイブル」と書かれている。

 

禅マインド ビギナーズ・マインド (サンガ新書)

 

 ジョブズが実際にどの程度、愛読していたのかはわらないが少なくとも読んではいて、「ビギナーズマインド」つまり、禅で言うところの「初心」ということを意識していたはずである。

 

 この本では「初心」について、こう書いてある。

 

初心者の心、「初心」には、「私はなにかを得た」というような思考がありません。(中略)このとき、私たちは、初めてなにかを学ぶことができます。

※鈴木俊隆「禅マインド ビギナーズ・マインド」サンガ新書2012, p33

 

 人間は頭でっかちになっていくほど、初心に帰るのは難しくなる。

 

 ジョブズがこの本を愛読していたということは、「Stay hungly. Stay foolish.」ということを想い続けていたが、実践し続けるのはそれなりに大変だったということなのではないだろうか。

 

 そして「ビギナーズマインド」はジョブズにとって、「Stay hungly. Stay foolish.」であるための方法だったのではないかと思われる。

 

 卒業してこれから実社会に出ていく若者達に「Stay hungly. Stay foolish.」という心の在り方を伝えたジョブズは、心中では「社会での実践の中で自分に合った方法を探せ!」と言っていたかもしれない……

 

 番組の最後に紹介されたフラーの言葉も思い出される。

 

あらゆる人にしてほしいのは

澄んだ心で考えることなのだ

 

 「初心」ということを言わんとしていたのではないかと思う。

 

 フラーが禅の心を知っていたのかどうかは謎であるが……

 

 いずれにせよ、こうしたことからすれば「Stay hungly. Stay foolish.」というのは内容的には新しいことを言ってるのではなく、言い換えられながら語り継がれる教訓である。

 

 「Stay hungly. Stay foolish.」という言葉の活かし方を決して間違ってはならない。

 

 

■「Stay hungly. Stay foolish.」という言葉でわざわざ語り継ぐことの意味

 

 さて、最後にこれを書いてまとめとしたい。

 

 人は食べねば飢えるし、知らねば不安である。

 

 しかし、飢えも不安も便利で贅沢で情報の溢れる生活を求める心と表裏一体である。

 

 目の前の現実では、人間の飽くなき欲望が悲惨な結果をもたらしている。

 

 だから「Stay hungly. Stay foolish.」という言葉で言わんとするところをわざわざ語り継ぐ

ことの意味は、ハングリーであることの活かし方を間違ってはならない、そのために愚かであり続けることが必要であるという事だと思うのだ。

 

 我々は飢える者であり、愚かな者である。

 

 真に、初心忘るべからずである。