板橋の自然健康ヨーガ教室 -89ページ目

2015/10/16本日の気づき

先日、何十年振りかに手紙を書いた。


用件は電話かメールで済ます昨今、手紙を書く機会はめっきりなくなった。


更に自分に関しては、字が汚いという事が、筆不精にしてしまっている大きな要因になっている。


今回は、中学時代の陸上の試合に勝ち進めば決勝で走った関係の人で、


学校も異なれば、中学卒業以降は、対面もしていない、


基本、付き合いのない方に宛てた手紙でした。


よってお目にかかっていない期間は、ざっと30年になります。


そんな関係の方に出す手紙なので、本人だという信頼性も伝えるために、


ワープロで打ち込むのではなく、汚い字でも自筆にした。


手紙を書く事に完全に不慣れな状態なので、


少しでもきれいな字でと丁寧に書こうとすると、逆に字が間違えてしまいそうになり、


途中からは随分と乱雑になってしまった。


それでもやはり自筆はいいものだなと、書き終えた時に思った。


今の派手な映画よりも、昔の地味な映画の方が、


現代の社会よりも、子供の時の社会の方が、人をより感じたのは、


この様な文化の変化によるものなのかもしれないと感じた、


自分の手で手紙を書き終えた充実感でした。





2015/10/15本日の気づき

秋になると運動会シーズンなのでしょうか?


朝早くから親子で走っている姿がちらほら見られます。


昨日も競技場を何周も走らされ、相当ばてている小学生の姿がありました。


お父さんが


「もっとちゃんと腕を振れ!」


と厳しい激を飛ばしているのです。


その親子は、今日は一緒にグランドで走っていました。


お父さんの方も、昔は何かスポーツをされていたんだろうなと想像できる体型です。


何周か結構真剣に走っていたのですが、最後は子供の方が先にゴールをし、


お父さんは子供に負けてしまいました。


走り終わり、グランドを去っていく親子でしたが、お父さんがとてもいい笑顔をしていました。


息子が父親を超えたという事がとても嬉しかったのでしょう。


大人の男性は、何かと人には負けたくないものですが、


唯一負けて心から嬉しいのは、息子ではないかとそのお父さんの笑顔から思いました。


その後にまた別の親子が競技場に登場し、いきなり走り始めました、同じように何周も。


そのお父さんは、先ほどもお父さんよりもまだ若い感じだったので、


息子よりもまだまだ先に走っていて、


走り終わって、競技場を去る時にお父さんの顔に笑みはありませんでした。


この息子は、いつお父さんを微笑ませられるのかな?


そんな事を思った二組の親子の姿でした。



2015/10/14本日の気づき

朝、ラジオ体操が終わると、


いつも芝生にマットを敷いて、みっちり1時間体操する団体がいます。


誘導テープが流れ、それに沿って皆さん体操されている。


様子を見ていると、ヨーガでも行うポーズがたくさん出てきます。


参加されている方は年配の方が多いようですが、


皆さん、よく身体が動いて、バランスのポーズなんかもしっかりとれています。


終わった後は、一例して、拍手をし解散される。


中には、裸足でグランドを少し歩かれる方もいる。


皆さん、さっぱり、すっきりした清々しい顔をして帰られていきます。


毎朝、欠かす事なく、同じことを繰り返し、繰り返し行っている賜物でしょう。


‘継続は力なり’


基本であり、最も大事な事を教えてくれる、体操されている皆さんの姿です。

2015/10/13本日の気づき

今朝は、先日お話した96歳のおばあさんと少しお話しました。

(実際は95歳で、来年の1月に96歳になるそうです)。


おばあさんのお話では、お嫁さんが4人いらっしゃるそうで、


4人皆、とてもいいお嫁さんなんだと褒められてました。


「皆、面倒を見てくれて、私は何にもしないんですよ」と。


お嫁さんの悪口は時折聞きますが、4人のお嫁さん全員をを褒め、


感謝の気持ちを見知らぬ人に語られるんのはあまり聞かない気がします。


通りすがる人に「おはようございます、宜しくお願いします」と挨拶され、顔には常に笑みが絶えない。


‘感謝の心’


この気持ちが、おばあさんの元気であり、健康の源なのではと感じました。


健康の為に、健康に良いものを摂取することを努めるのもいい事ですが、


気持ちの良い心があっての健康なんだろうと教えてもらった朝陽の様なおばあさんの心でした。



2015/10/12本日の気づき

昨日、近所のお気に入りだった珈琲専門店の閉店のお知らせをみた。


こじんまりとしているが、落ち着いた店の雰囲気に流れるBGMがとても合っていて、


心地の良い空間だった。


ここで決して高くないコーヒーを飲む時間は、一つのくつろぎの時間で、ぜいたくな時間だった。


3代に渡って50年近く営業されていたくつろぎの空間に幕が下りたのは寂しい思いだが、


それはやはり、長い間、静かに生きていたお店だったんだと、


改めてその存在を感じさせてくれた私の密かな隠れ家だった。