板橋の自然健康ヨーガ教室 -207ページ目

8/13(本日)のヨーガ・レッスンのお知らせ


ヨーガは、心身の不要なものを取り除いて、純化していく、インド古来から伝わるシステムです。

ヨーガを通して、リラックスすることを学んでいただき、人間的な成長を学んでいただき、そして豊かな人生を築いていただきたいと思い、この教室を開きました。

自分のペースで行っていただくのが一番大切なことですので、年齢、性別問わず、どなたでも同じスタート・ラインから始められます。

真面目に続けていただければ、きっと何かを感じ、そして自分自身の変化に気付かれることと思います。是非、ヨーガを体験してみて下さい。



★日時:毎週水曜日 PM19時~

★場所:仲町地域センター 第二和室

★参加費:1回1,000



ご家族(ご夫婦)、カップル、知人をお誘いの上、是非いらしてください。

ヨーガとはどんなものか、少しでも味わっていただけたらと思います。

ご予約は下記のメールかお電話でお願いします。

場所などの詳細は追ってご連絡いたします。

090-2320-6566

lb-ps@bird.ocn.ne.jp


守屋 

美しい姿

水泳の北島選手、平泳ぎ100M、金メダル取りましたね。


それも世界新のおまけ付き。


この大会に挑むまで、多数のマスコミのインタビューを受けていました。


強気の姿勢、時折見せる横柄な態度、


これ全て本番のこの瞬間までずっと自分自身の中で精神を高めていたんですね。


泳ぎ終わった後のインタビューでどうにも言葉が出なく涙をこぼしていました。


それだけ精神状態は厳しいものがあったのだと思います。


人には出来ない努力があったからこそのこの結果。


不屈の努力をした人間の美しさを見せてもらいました。


やはり美しさも狙って作り出すものではなく、専心の結果、自然に滲み出るものなのですね。



人格

北京オリンピックが始まりました。


初日の柔道、谷亮子選手の試合をご覧になりましたでしょうか。


日本人が、このオリンピックで最も注目する選手の1人ですから、


多くの方が、結果は知っていることと思います。


準決勝で敗退、銅メダル。


私みたいな素人目からすると、とても準決勝も負けたという内容ではありませんでした。


なので、決勝戦の舞台に姿が見れなかったのは、‘残念’という思いがありましたし、


多くの方が同様の気持ちを抱いたと思います。


でも一番悔しい思いを持ったのは谷選手本人だったと思います。


しかし、試合が終わった後の一礼、3位決定戦が終えた後の一礼、そしてマスコミからのインタビュー、


‘悔しい’という言葉を一言も出さず、感謝の言葉を述べ、堂々と結果を受け止めていた。


言い訳、一切なし。


この態度は、谷選手が長年、柔道を通して技だけでなく、いかに精神と人格が磨かれたかがはっきりと見て取れるものだった。


「心技一体」


谷選手は、ただ強いだけの選手ではなく、高い人格を備えた、超一流の選手である。


今大会の柔道女子48キロ級、心技一体の面から見れば、間違いなく金メダルであった。














知識

今日は、Y.L.S.の講義の日である。


昨日述べたバガヴァット・ギーターの講義もある。


このギーターには、大きく3つのヨーガが説かれている。


*ジニャーナ・ヨーガ(智識のヨーガ)

*カルマ・ヨーガ(行為のヨーガ)

*バクティ・ヨーガ(信愛のヨーガ)


ジニャーナ・ヨーガは、知識という意味だが、情報などの知識を得るということではなく、

人間が生きていく上での根源的なものを知る(感じる)ことを意味する。

何とも曖昧な言い方だが、ヨーガの目標とする‘真の自己’に気付く為の手段と私は解釈している。

具体的な行為は、瞑想等であるが、‘真の自己’への道の手段の取得と考えるならば、

ハタ・ヨーガのアーサナやプラーナヤーマ、その他の実践法、

ラージャ・ヨーガの八段階の教え、カルマ・ヨーガの行為、バクティ・ヨーガの祈り、

これらは全てジニャーナ・ヨーガに当てはまると思う。

ジニャーナ・ヨーガで最も大切なことは、単なる知識の取得でなく、

実践にあると思っている。


バクティ・ヨーガは、自分の信仰する対象に心を専心することである。


どのヨーガも実践しなければ、崇高な教えも道は開けない。


本日のギーターの講義、単なる知識で終わらせるだけでは何の意味もない。


そのまま受け取ると、あまりにも高遠すぎるように思えてしまうが、


その高遠な教えを日常に溶かし、実践してこそ、


偉大な聖者が残してくれた教えが生きると思っている。





私のカルマ・ヨーガ論

「カルマ・ヨーガ」、無私、無執着の行為。
結果にとらわれることなく、行為そのものに専心せよ。
バガヴァッド・ギーターにも説かれている大変崇高な教えである。

文字の通りとらえれば、

‘自己の利を考えないで、ただ自分の義務を果たしなさい。結果を考えずに行為そのものをひたすら行いなさい。’

このようにも解釈出来る。

しかしこれが、本当のカルマ・ヨーガの真意だろうか?


私は、以下のようにカルマ・ヨーガをとらえている。

*自分の真意から生まれる、偽りのない、そして互いの利益が含まれた結果を想定し、
*そこに到達する為の手段を計画し、
*その目標に向かって集中して行動する。
*たとえその結果に到達出来ないとしても、決して諦めずに続ける奉仕。


周りの目に影響されての良いこと、結果ではなく、自分の偽りのない真意からの結果に向けての行動でなくてはならない。



想定する結果は、相手だけでなく、自分にも利益をもたらすものでなくてはならない。

真意から想定した結果へ向けて行動するのが奉仕であり、無報酬だから奉仕だということではない。

*自分の心に偽りのない真意
*互いの利益を含む結果
*専心した行為
*決して諦めないで続ける奉仕

これがカルマ・ヨーガの必要な要素で、カルマ・ヨーガの真意だと私は思っている。

決して
‘自己の気持ちをなくし’
‘無報酬で’
‘結果を全く考えずに行為だけをする’

ということではないと思う。

カルマ・ヨーガは、自分に正直でないと成り立たないのだ。