私のカルマ・ヨーガ論
「カルマ・ヨーガ」、無私、無執着の行為。
結果にとらわれることなく、行為そのものに専心せよ。
バガヴァッド・ギーターにも説かれている大変崇高な教えである。
文字の通りとらえれば、
‘自己の利を考えないで、ただ自分の義務を果たしなさい。結果を考えずに行為そのものをひたすら行いなさい。’
このようにも解釈出来る。
しかしこれが、本当のカルマ・ヨーガの真意だろうか?
私は、以下のようにカルマ・ヨーガをとらえている。
*自分の真意から生まれる、偽りのない、そして互いの利益が含まれた結果を想定し、
*そこに到達する為の手段を計画し、
*その目標に向かって集中して行動する。
*たとえその結果に到達出来ないとしても、決して諦めずに続ける奉仕。
周りの目に影響されての良いこと、結果ではなく、自分の偽りのない真意からの結果に向けての行動でなくてはならない。
真意から想定した結果へ向けて行動するのが奉仕であり、無報酬だから奉仕だということではない。
*自分の心に偽りのない真意
*互いの利益を含む結果
*専心した行為
*決して諦めないで続ける奉仕
これがカルマ・ヨーガの必要な要素で、カルマ・ヨーガの真意だと私は思っている。
決して
‘自己の気持ちをなくし’
‘無報酬で’
‘結果を全く考えずに行為だけをする’
ということではないと思う。
カルマ・ヨーガは、自分に正直でないと成り立たないのだ。