レッスン年末、年始のお知らせ
レッスン年末、年始のお知らせ
12/28(水)昨日で本年度のレッスンが終了いたしました。
年明けは、1月1日から3日までお休みとなり、
1月4日(水)からレッスンを開始となります。
そのかわり1月は第5週目も通常にレッスンを行います。
もう1週間後には開始されているんですね。
年末は何かと忙しく身体が疲れますね。
だからヨーガを行って下さい。
お正月はのんびりですよね。
だからヨーガを行って下さい。
ヨーガを行うのに年末、年始も関係ありませんね。
今年一年、レッスンにご参加いただき有難うございました。
来年も変わらずレッスンを行っていきますので是非ご参加ください。
今年も残り3日、
空気の冷たい日が続きますが、体調崩さずお過ごしください。
また来年も宜しくお願い致します。
*レッスン・スケジュール、クラス、料金、お問い合わせはこちら
本日の「呼吸法から瞑想へ」 ~力を抜くこと~
本日の「呼吸法から瞑想へ」のクラスでは、
‘力を抜く’ということについて話合いました。
力を抜くというのは、一見とても簡単なことのように思えます。
それが実際行ってみると意外と難しいのです。
それはなぜか?
本来はとても簡単でシンプルな行為なのですが、
現代社会で生きている我々は常に何かと比較をし、
それに合わせようとするので、
知らぬ間に心が緊張し、身体が固くなってしまっているので、
力を抜くという単純な作業が出来にくくなっています。
そして力を抜こうと思っては芯から力は抜けない、このことになかなか気づけません。
それではどうすれば力が抜けるのか?
それはただ単に観察することです。
感じ、それに反応することではありません。
観察をし、それに反応しないことです。
反応しないようにするというのは無理です。
反応しないのです。
それにはどうしたらよいのか?
集中することです。
わずかな時間でも思考という作業が入り込む隙がないくらい集中することです。
このようにして、
‘力を抜くこと’とヨーガ実技を結び付け話し合っていきました。
そして‘力を抜く’ということは、弱くなるのではなく、強くなるのです。
力の抜けた究極の姿は、「水」のようであり、
本当に力が抜けた時には、内に秘められている潜在能力が現れてくるということも
私の実体験を例に挙げてお話をしました。
そしてその貴重な体験をした後にもう一度その体験を味わおうと思って狙っても、
遂にはその後一度たりとも同じ境地の体験が出来ないという特に大事な点を最後に結び付けました。
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‘力を抜く’ということについて話合いました。
力を抜くというのは、一見とても簡単なことのように思えます。
それが実際行ってみると意外と難しいのです。
それはなぜか?
本来はとても簡単でシンプルな行為なのですが、
現代社会で生きている我々は常に何かと比較をし、
それに合わせようとするので、
知らぬ間に心が緊張し、身体が固くなってしまっているので、
力を抜くという単純な作業が出来にくくなっています。
そして力を抜こうと思っては芯から力は抜けない、このことになかなか気づけません。
それではどうすれば力が抜けるのか?
それはただ単に観察することです。
感じ、それに反応することではありません。
観察をし、それに反応しないことです。
反応しないようにするというのは無理です。
反応しないのです。
それにはどうしたらよいのか?
集中することです。
わずかな時間でも思考という作業が入り込む隙がないくらい集中することです。
このようにして、
‘力を抜くこと’とヨーガ実技を結び付け話し合っていきました。
そして‘力を抜く’ということは、弱くなるのではなく、強くなるのです。
力の抜けた究極の姿は、「水」のようであり、
本当に力が抜けた時には、内に秘められている潜在能力が現れてくるということも
私の実体験を例に挙げてお話をしました。
そしてその貴重な体験をした後にもう一度その体験を味わおうと思って狙っても、
遂にはその後一度たりとも同じ境地の体験が出来ないという特に大事な点を最後に結び付けました。
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出会い、そして出逢い!
数日前の新聞の図書広告欄に『弓と禅』オイゲン・へリゲル述という本が紹介されていた。
紹介文は、
「スティーブ・ジョブズの生涯の愛読書!
彼の人生に大きな影響を与えた「禅」。
その道に傾倒した若き日のジョブズが出会った運命の一冊。
すべてはここから始まった...
ドイツの哲学者へリンゲルが、日本滞在中に弓道の修行を通して禅の思想と出会い、
日本文化の根底に流れている禅への造詣を深めていく。
西洋人による「禅」の哲学書。」
そして‘時空を超えた不朽のロングセラー’となっている。
何か魅かれるものがあり、インターネットでもう少し調べることにした。
師は、へリゲル氏に
「射のさいには小児の手のように意図せず開かれねばならない」
と説かれた。
師の言葉を理解できないへリンゲル師は、
「いったい射というのはどうして放されることができましょうか、もし“私が”しなければ」
と問うた。
当たり前と言ったら当たり前である。
師の教えは、凡人には漠然とした言葉にしか聞こえないであろう。
それでも長い年月の間、へリゲル氏は師のもとで弓の修行に励む。
そんなへリゲル氏の困惑と成長した姿を見て教えを説く師の最後の言葉は決まって、
「さあ何でもなかったように稽古を続けなさい。」
まだこの本は読んでいないのだが、
この部分を知るだけでも読まずにはいられない魅力的な書だ。
「射のさいには小児の手のように意図せず開かれねばならない」
という教えは、
インドのスヴァーミー・ヴィシュワルーパナンダジーの
「アーサナを行う際に、腕を上げる時は、自分が上げるのではなく、自然に上がる腕を観察しなさい」
という教えに似ている。
この書の他に
『日本の弓術』オイゲン・へリゲル述、柴田治三訳
『無心ということ』鈴木大拙
の2冊にも出会った。
そしてこれも数日前、
ステーブ・ジョブズ氏の最後の姿を回想された番組がテレビで放映されていた。
正直、先月亡くなるまでステーブ・ジョブズという人物は名前さえ知らなかった。
それほど私はITに疎い人間なのだ。
しかし先日のその番組でジョブズ氏が放った言葉
「私は毎日今日は人生最後の日だと思って生きている。
毎朝、鏡で自分の姿をみて、今日が人生最後の日だとしたら、
私は今と同じことをしているだろうか。
もし答えがNOという日が何日も続いたとしたら、何かを変えなければならない」
を耳にしただけでジョブズ氏に魅かれた。
一人の人間が生涯の愛読書とした書に出会い、
そしてその人物にも出逢うことになった。
この出会いと出逢いは、
きっと私の中で静かなエネルギーとして流れていくことだろうと今から確信に近い予感がする。
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紹介文は、
「スティーブ・ジョブズの生涯の愛読書!
彼の人生に大きな影響を与えた「禅」。
その道に傾倒した若き日のジョブズが出会った運命の一冊。
すべてはここから始まった...
ドイツの哲学者へリンゲルが、日本滞在中に弓道の修行を通して禅の思想と出会い、
日本文化の根底に流れている禅への造詣を深めていく。
西洋人による「禅」の哲学書。」
そして‘時空を超えた不朽のロングセラー’となっている。
何か魅かれるものがあり、インターネットでもう少し調べることにした。
師は、へリゲル氏に
「射のさいには小児の手のように意図せず開かれねばならない」
と説かれた。
師の言葉を理解できないへリンゲル師は、
「いったい射というのはどうして放されることができましょうか、もし“私が”しなければ」
と問うた。
当たり前と言ったら当たり前である。
師の教えは、凡人には漠然とした言葉にしか聞こえないであろう。
それでも長い年月の間、へリゲル氏は師のもとで弓の修行に励む。
そんなへリゲル氏の困惑と成長した姿を見て教えを説く師の最後の言葉は決まって、
「さあ何でもなかったように稽古を続けなさい。」
まだこの本は読んでいないのだが、
この部分を知るだけでも読まずにはいられない魅力的な書だ。
「射のさいには小児の手のように意図せず開かれねばならない」
という教えは、
インドのスヴァーミー・ヴィシュワルーパナンダジーの
「アーサナを行う際に、腕を上げる時は、自分が上げるのではなく、自然に上がる腕を観察しなさい」
という教えに似ている。
この書の他に
『日本の弓術』オイゲン・へリゲル述、柴田治三訳
『無心ということ』鈴木大拙
の2冊にも出会った。
そしてこれも数日前、
ステーブ・ジョブズ氏の最後の姿を回想された番組がテレビで放映されていた。
正直、先月亡くなるまでステーブ・ジョブズという人物は名前さえ知らなかった。
それほど私はITに疎い人間なのだ。
しかし先日のその番組でジョブズ氏が放った言葉
「私は毎日今日は人生最後の日だと思って生きている。
毎朝、鏡で自分の姿をみて、今日が人生最後の日だとしたら、
私は今と同じことをしているだろうか。
もし答えがNOという日が何日も続いたとしたら、何かを変えなければならない」
を耳にしただけでジョブズ氏に魅かれた。
一人の人間が生涯の愛読書とした書に出会い、
そしてその人物にも出逢うことになった。
この出会いと出逢いは、
きっと私の中で静かなエネルギーとして流れていくことだろうと今から確信に近い予感がする。
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本日の「呼吸法から瞑想へ」 ~観察~
本日の「呼吸法から瞑想へ」のクラスでは、観察についてお話ししました。
先週は「気づき」
今週は「観察」です。
これは通常レッスンでも毎回言っていることです。
「気づき」と「観察」は、
アーサナ、プラーナヤーマ、瞑想へと全てに一貫して行われることであり、
さらに生活全体を通しても行われるようになると、
日々のヨーガの実践が生きてきます。
良いことだけを考えるとか
悪いことを考えたり行ってはいけないとかではなく、
ありのままを気づき、そして傍観する、
それが静かな心の状態を築き、
平安な境地へと導かれると思うのです。
しかしこれは‘言うは易し、行うは難し’で、私もまだまだ全然です。
それでもほんの少しの時でも静かに、心地よく感じる時があります。
それでいいのではないでしょうか。
先々のことを考えるより、
そう、日々の実践に集中し、今を生き、それに気づき、観察している、
それでいいのかなと思います。
「呼吸法から瞑想へ」は毎週日曜日の午前9時からです。
*レッスン・スケジュール、クラス、料金、お問い合わせはこちら
先週は「気づき」
今週は「観察」です。
これは通常レッスンでも毎回言っていることです。
「気づき」と「観察」は、
アーサナ、プラーナヤーマ、瞑想へと全てに一貫して行われることであり、
さらに生活全体を通しても行われるようになると、
日々のヨーガの実践が生きてきます。
良いことだけを考えるとか
悪いことを考えたり行ってはいけないとかではなく、
ありのままを気づき、そして傍観する、
それが静かな心の状態を築き、
平安な境地へと導かれると思うのです。
しかしこれは‘言うは易し、行うは難し’で、私もまだまだ全然です。
それでもほんの少しの時でも静かに、心地よく感じる時があります。
それでいいのではないでしょうか。
先々のことを考えるより、
そう、日々の実践に集中し、今を生き、それに気づき、観察している、
それでいいのかなと思います。
「呼吸法から瞑想へ」は毎週日曜日の午前9時からです。
*レッスン・スケジュール、クラス、料金、お問い合わせはこちら
本日の「呼吸法から瞑想へ」 ~身体の気づき~
本日の「呼吸法から瞑想へ」のクラスは、
瞑想への第1歩、身体の気づきに重点を置いた実技を行いました。
‘気づき’
ありのままを傍観し、それに気づく、
これは、ヨーガの全ての実習における基本です。
意識を向ける → イメージする → 感じる(気づく)
最初は、うまくいかないと思いますが、
気にしないで繰り返し繰り返し行うことが一番の近道です。
詳しくは、レッスンでまた行います。
毎週日曜日午前9時からです。
*レッスン・スケジュール、クラス、料金、お問い合わせはこちら