ボクらの映画めし

ボクらの映画めし

映画に出てきたごはんを作ってみた。なるべくベジ料理

コトの大小はあるけれど、よくあること。

失ったものを取り戻そうとして、空回りして自分を見失う。
あきらめるとか、捨てるとかが苦手な私は、観ていて痛かった。

 


メタルバンドのドラマーが、突然難聴になる、それもほとんど聞こえないレベル。
音楽とともに生きてきた人が、聞こえないという失望だけでなく、成功や収入を失うのだから、落差がハンパない。

 

しかも恋人はバンドのボーカルで、二人で音楽の世界を作ってきた。


彼、彼女の過去は、後半で徐々にセリフの中に散りばめられていくが、前半では癖や身体の傷やなんかで描かれ、きっと、お互いの弱さや心の傷を受け止め合って生きてきたんだろうなと思わせる。


だからだよね、彼女は自分のことはさておいて、彼を支えようとする。

 



冒頭の激しいライブのシーンからの、翌朝、トレーラーハウスで迎えるささやかな音にあふれる朝。

 

彼はとても早起きで、マジックブレット(うちにもあるコレです)で、何種類もの野菜や果物のスムージーを作って、なかなか起きない彼女をスティックの先でつついて起こす。

だが、そんな平穏は続かなかった。

 

 

そこからは、音がなかったり、弱かったりする彼の「聞こえ」と、映像の音がリンクする。自暴自棄になる彼。

常に音の中にいて「聞こえる」私には、「聞こえない」世界の描かれ方が新鮮だった。


そのシーンの音やセリフのボリューム(無音も含め)や、カメラからの距離で、ろう者の体験をしたり、客観視のごとく客観音と感じさせられたり。

 

 

彼女の勧めで、彼は、ろう者を支援する施設に滞在し、徐々に精神の安定を得て、コミュニケーションを楽しめるようになってほっとしたが(私が)、そうは問屋が卸さなかった。

ネタバレしたくないのでここまで!

 

ラストの彼女の実家でのパーティーで、ごちそうが並んだ。お父さんがフライパンでジュージュー焼く肉とか。
魚は食べる、ゆるベジタリアンの私がフレンチ風のパーティー料理を作るとしたら、こんな感じ?ポワレってのを初めて作ってみた。


パーティーで、お父さんのピアノで、彼女が歌うのだけど、それがフランス語で、

それが、彼の知らない彼女の一面や子ども時代を思わせ、二人の距離を表していた。
もちろん、彼女の歌声は、彼の耳が聞こえていたころのそれとは別物で…



翌朝、冒頭と同じように隣で眠る彼女を起こさないように、そっと出ていく彼。

 


そして、ベンチでひとり見上げた空と樹々と朝日が希望と再生を感じさせる。

この世界は、キレイなものであふれている。が、見えてないことも多いのだ。
さて、これから彼はどう生きていくのだろう。

 

ろう者のコミュニティは描かれていたが、彼らの家族との暮らし、職場での働き方はどんなだろう。

ろう者がいればペースが落ちたり、その人に合わせたりするわけだし、私みたいに手話がさっぱりわからない人だらけだしね。


おそらくラストに彼が目覚めた、今の自分のままで生きていくという、気持ちよさとしんどさが、エンドロール後の世界なのでしょう。

シンとした真夜中にひとり観て正解の映画でした。

映画に出てきた料理を、美味しそうだなと作ってみる。

ってのがいつもの流れなのだけど、このときはお盆休み、家に誰もいなくて、そうだ、おいしいものつくって、のんびりアマプラ観よう

ってなって

 


米粉のお焼きの生地が余っていたので、蒸したかぼちゃとホットケーキミックスを足して、ドーナッツ揚げて、塩ふって、気になっていた「丘の上の本屋さん」を視聴。
 

本屋のおじいさんは、レモ・ジローネ、味のある思慮深い雰囲気の俳優さん。クラウディオ・ロッシ・マッシミ監督作品。

 

 

美しいイタリアの田舎の街。本屋のおじいさん、リベロが、移民の少年にタダで古本を貸し、返しに来ると本の内容について語り合う。
ちょっとジブリっぽい、親以外にこんなオトナがそばにいるといいよね、という存在。

リベロをさりげなく助けるのは、隣のカフェの、お調子者で気立てのいい、ウェーターさん。

彼が差し入れてきたのが、黄色い筒状の揚げ菓子だった。

 

 

え?これって、これじゃない?

と手元のドーナツを見たんだが、あとで検索してみるも、イタリア料理にかぼちゃを練り込んだ揚げ菓子は見つからず。
卵がたっぷり入ってるから黄色いんだろうな。

 



私が住んでいる愛媛県松山市は、司馬遼太郎が軍人の秋山兄弟や俳人の正岡子規の一生を描いた長編小説「坂の上の雲」の舞台である。

松山より、東京や戦争の現場にいる方が、ページ数は圧倒的に多いのだろうが (2巻ぐらいまでしか読んでないので自信はない) 。

関係ないけど「丘の上」から「坂の上」を思い出した。

この時代、鎖国を解いた日本は、世界の列強に肩を並べようともがく。

秋山兄弟の家庭は裕福ではないが、勉学に秀でていたので、学費のかからない、軍人の道に進むべく上京する。

日本は、努力と工夫と精神性で(?)、日露戦争に勝ってしまう。

 

彼らも、日本という国も、坂の上の雲を見上げて、世界の上に立とうとしていたんだよね。
 

その視線は時代を経て、80年前の敗戦を経験してもなお変わらず、今防衛費をガンガン増やしている真っ最中、そんな他国との付き合い方しかしていない中で

 

原爆や終戦の記念日に「戦争はいけないよね」という言葉が上滑りする。

映画を観たのがお盆だったため、映画のタイトルから司馬遼太郎の世界に連想が飛んだのだが中身はまったく逆である。

 



リベロは、古書を買い取り、必要な人に販売する。本は読んだ人の人生や心によって、違う顔を見せるという。
移民の男の子は本を買うお金は持っていないが、将来医者になりたいという夢を持ち、輝く瞳で、リベロに導かれるように作品の世界に入っていく。

この子役の男の子の目は、ほんとにキラキラなの!

 



「その本なら、スマホで検索すればいくらでもでてくるよ」

なんて会話も交わされるし

リベロはスマホ電話でお客さんの注文を受けたりしてるんだけど

 

YouTubeではなく、ねじを回してオルゴールの音色を楽しむ。
紙袋に大切に本を入れ、お客さんの心に届く言葉を添えて、手渡す。

戦時中、自由が奪われた時代の発禁本を集めて、コーナーを作って並べる。
そもそも、彼の名前がリベロ=自由。

 

 

男の子に
ちょっと難しいけど君に読んでほしい、だったか、君なら読めるよ、だったかのメッセージとともに、最後に手渡した本のタイトルは

 

世界人権宣言

 

 

そうなんだよ、日露戦争の頃と同じことをしていちゃだめ
私たちは、賢くならなきゃ!

わたしたちひとりひとりに、リベロからのメッセージが送られた気がするよ。

 

などと思うお盆休み、8月。死にたくはなかった、たくさんの魂に、私たちはどう向き合うのか、どう生きていくのか、そんなことまで思わせた、小さな、ファンタジックな映画でした。

ロードムービーと鉄道と湾と。私好みがそろったので、最近観なかった恋愛モノに腰が上がった。

藤井道人監督の日台合作の映画。

 

恋に落ちるのは、台湾の人気俳優シュー・グァンハン演じるジミーと、清原果耶が役の上では4歳年上の日本人、アミだ。

 

台湾で二人が食べてたそばを想いながら作ってみた。昆布と干しシイタケのだしにフライドオニオンを入れてコクを出した。台湾には台湾素食という菜食文化がある。

 

バックパッカーのアミが、台湾南部の田舎街にやってくるが、財布をなくしてカラオケ店で働くことに。

そこでアルバイトをしていたのが高校3年生のジミーだ。

 


スタッフはみな温かく、絵が得意なアミは、カラオケ店の古い壁画を塗り替え、オリジナルの絵を描いてと頼まれる。

話の展開とともに、その絵が出来上がっていくのがいい。

 

 

私たち観客は、二人の甘酸っぱいやりとりが展開する18年前の台湾と、おじさんの入り口に立った彼が鉄道旅をする今の日本を、行ったり来たりする。

 

 

ネタばれゴメンだけど、実はアミは病気を抱えていて、それゆえの思いやりが恋にブレーキをかける。
というわけで、とことん泣かされた。

 

 

劇中、台湾の映画館で主演の二人が「ラブレター」(岩井俊二監督/1995年)を観て、感動のあまり涙涙の放心状態となるが、私が座った映画館の小さなホールも、おかしいくらい同じ状況。若いカップルと学生さんたちが、あちらこちらで鼻水すすってた。

 

しかし、だ。どこか冷めたおばはんが私の中にいて、切ない二人の恋をななめに見てたりもする。 

 


君たち、もっとハチャメチャでいいんだよ、誰しも人生いつ終わるかわからないし(劇中でアミが言ったように)、苦しいこともうれしいこともぶちまけちゃいな!あとのことはなんとかなるさ!

 

大人になったジミーに、父親や旅先の蕎麦屋さんがかける言葉に、台湾のことわざ「一休みはより長い旅のため」がある。そうだよね、成り行き任せで生きていけばいい。  


心の隅のそんなインクの染みのようなものが、すーーっと真っ白になっていったのは、18年前に二人が聴いたミスチルが流れるエンドロールを観ているとき。

 

 

あれ?!

 

製作スタッフの中に若くして亡くなった友人の娘の名前が!

この道に進んだのは聞いていた。最後に会ったのはそう、ちょうど彼女が18歳のころだったと思う。

 

 

人は命の終わりを決められないし、その迎え方は様々だけれど、誠実に生きることが、どんな死に方も豊かにしてくれるし、残されたものに力を与える。


劇中でアミがほれ込んだ台湾は行ってみたいところ。街も人もあったかい。二人でおそばをすすってた。麵の太さがやさしかった。