静謐と冒険 ~「邦画にほえろ!」別館~
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南極帰り

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ひょんなことから、映画「南極料理人」のエキストラで千葉県にいます。

幕張メッセ9~11ホールを国際空港に見立て、南極越冬隊員の帰国風景を撮るもので、もともとこれが目当ての東京行きではなく、たまたま空き日程に飛び込んで来たのでよくわからなかったのですが、200人規模の大きな撮影でした。

午前は主人公・堺雅人さんの帰国を、妻・西田尚美さんと娘が出迎えるシーンを、あちら向き・こちら向き、寄り・引きで6カットくらい撮りました。

堺さんはここでオールアップ(西田さんも?)。

私はリハーサルまでは南極越冬隊員でしたが、途中で人の流れを変えることになり、くたびれたビジネスマンに変更されました。

残念・・役作りで数日ヒゲを剃らないでいたのになー。

午後からの捲土重来を期待しつつ、13:10から30分の昼食休憩です。

ロケ弁はとんかつとブリ照り焼きの2種類から選択でした。私はとんかつ!

午後からは堺さん以外の隊員の帰国と家族の再会を2組分(シーンは別)でそれぞれ5カット前後。

最初の隊員と妻・娘の再会は出番なしで待機。

次のシーンで私、南極越冬隊員に昇格を果たしました!
高倉健さん、西田敏行さんに続く僻地俳優の仲間入りです。

2番目の隊員は女性に出迎えられるのですが、どうも面識はなさそうで(昔風に言えばペンフレンド?)、帰国が初対面そうでした。

その女優さんが私の好きな方で・・・公表されていないので、ここでは名前は挙げられませんが、昔から知っているものの、ずいぶんと洗練され素敵であったので、最初そうと気づかないほど。いやあ、まさに雷に撃たれたようでした。

そして、エキストラだけ残って、午前のシーンの音だけを録るオンリーに移ります。

私はそのまま南極隊員です(厳密には映像と音声で違う役をやっているんですけどね)。

オンリーとは言え、実際に動く芝居をしてのものとなりましたが、午前とは皆、班が違うので、それぞれ迎える家族は自分で見当をつけよ、とのことでした。

なので、午前中からかわいいなあと思っていた女の子の所に迷うことなく飛び込んで行った私です・・・。

その子との絡みはオンリーだけに、映像には残っていないのですけどね。
が、オンリーは私のその子への「おーい!」が第一声で始まるものでした。
本篇でどう使われるのかな?

その後今度は別人物として出国風景のオンリーを録り(私は2人組の海外出張に行くビジネスマン)、16:30撮影終了いたしました。

年間に最低一本はエキストラをやりたいと思っていますが、今年ははや、目標達成です。

エキストラの魅力は現場にいられること。
スタッフや俳優さんと同じ空気を吸い、同じ映画を創る仲間になれることですね。

そしてもしうまく映画に姿を刻み込めていれば、その映画は、「わたしの映画」にもなります。
何よりも映画の世界の中では、私は南極隊員になれるんです。
なりたくてもなれない存在に自分がなれる、その映画の世界の住人になれる。

まさに映画ほど素敵なものはありませんねえ。

バレンタイン・キッスが聴こえる

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今日はバレンタイン。
まあ義理チョコしか貰えませんからフツーの日なんですが。
それにもう若くもないので、チョコに一喜一憂もまったくしなくなりました。
枯淡の心境でしょうか?(←たぶん違う)。

この時期になると、テレビでバレンタインの話題が紹介される時、国生さゆりさんの「バレンタイン・キッス」がBGMとして流れることが多いんですよね。
考えてみれば、バレンタインの歌って、あれしかないんですよね。
リアルタイムでおニャン子世代だった身としては、その曲を聴くたびに二十余年の昔に思いを馳せます。


「バレンタイン・キッス」が流行っていたその年その時期・・・私は高校入試を受けていたんですね。
人生において初めて競争させられると言うべきか・・・選別されると言うべきか・・・自分の意志や努力だけで何とかならないファーストステージに立つことになる。
漠然とヒリヒリする気持ちになったのを覚えています。
「ボクに明日は来るのかなあ??」そんな風に思いながら、これまためったに学校がらみでは乗らない電車に揺られていた夕方の光景が脳裏に浮かびます。
あれは志望校へ願書を出しに行ったんじゃなかったっけ。


辛い瞬間ではないけれども、楽しい思い出でもないそんな光景が、なぜだか印象深く残っていて、同時に何だかとてもいとおしい。
あの時、自分なりに一生懸命だったからでしょうか。
脳裏の光景は、夕陽に照らされて切ないくらいにまぶしいです。


その電車を降りて、私は町で聴いたんです・・・「バレンタイン・キッス」を。
もうあの町の風景もずいぶんと変わってしまって、記憶の中にそれらはぎゅっと押し込まれています。


今年のバレンタインのニュース、BGMがPerfumeの「チョコレート・ディスコ」に変わっていました。
昭和も遠くなりにけり、ですかね。

冬の日曜日

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昨日までで動員されていた大仕事が片づいたので、今日は久しぶりの日曜のお休み。
ちょっと足を伸ばして、TOHOシネマズ鳳まで行ってまいりました。
今週観ようと思っていた映画3本ともがここで一括してかかっていましたし、調べてみると時間の接続もちょうどよかったので・・・。

余談ながら、週の後半はいつも、観るべき映画とそれがかかる映画館、およびそのタイムスケジュールを紙に書き出し、じーーっとにらめっこして、効率の良いハシゴの仕方を考えています。
時刻表ミステリーみたいな気分ですね。いつだったか梅田では4本観るのは無理かな、と思えたスケジュールも、高槻まで出て快速電車で梅田に戻るとうまくハシゴできると気づいた時は嬉しかったなあ。


閑話休題。
大きなショッピングモールの中にある映画館でして、朝まだ商業施設の開かないうちから映画館に入り、昼食も早めの夕食も、施設内のレストランや回転寿司で済ませました。
便利と言えば便利なのですが、少々映画を観ることがお手軽になりそうな危うさは感じますね。
私には、この種のシネコンは少々遠いところにあった方がいいのかも知れません。


3本観て外で出ますと、もう陽がずいぶんと西に傾いていました。
てくてくと、見知らぬ町を駅まで歩く10分弱。
今年は暖冬なようですが、寒さで空気がシンとしているかのようでした。
鳳駅のホームにも、西陽が差し込んでいます。
ほのかに詩情を感じますが・・・詩も句もヘタな私にはどうにもこれを端的に表現できません。
なんでもない日曜日ですが、後になってこういう日のことを、懐かしく思うものですね。

節分の拙文

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節分でありまして、スーパーの売り場に人が群がっておりました。
皆で太巻きを買っているわけですよ。太巻き寿司ね。
最近では恵方巻なんて言いまして、関東方面でもお盛んにキャンペーンを張っているようでありますが(寿司屋のバレンタインデー化戦略ですな)、関西人にとっては当たり前な光景なんですけどね。


今はマンションでひとり暮らしをしておりますが、子どもの頃は実家で豆まきをやっていたものです。
庭から玄関から「おにはそと!」、部屋の畳に「ふくはうち!」とやっていたものですよ。


今でもひとりでやってはいるんですが、近所迷惑になりますし、そもそもマンションのベランダから豆をまくってのはいつ怒られるかヒヤヒヤものでありますから、数粒をそーっと、小声で「鬼は外~」なんてささやいてやってます。
「福は内~」に至っては、まいた豆を自分で拾って掃除してますもの。
何だか情けない感があります。


歳の数(プラス1?)の豆を食べるんですけどね、だんだんアゴが痛くなる(笑)。
この先歳を重ねたら食べられなくなるんじゃない?

天国にいちばん近い場所

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東京で私が決まって訪れる場所、それがここ、東京ドームシティ「スカイシアター」です。


昔は後楽園ゆうえんちなんて言いまして、当時は野外劇場なんて名称の屋外型のショーステージと言っておりました。
何年か前の大規模なリニューアルで、後楽園ゆうえんちは東京ドームシティとなり、野外劇場は取り壊され別の敷地でスカイシアターとしてリニューアルしたのです。


ここでは土曜・日曜、そして夏休みといった時期に、戦隊シリーズのヒーローショーが開催されています。
なんだヒーローショーかと笑うことなかれ。
ここでスタントをやるのはJAEの人たち(昔風に言えばJACです)でありますから、テレビと同じアクションチームがド派手なショーを繰り広げているんです。
3階建てくらいの高さからジャンプは当たり前で、ワイヤーアクションで宙を舞ったり逆さに柱を下ったり、ロボットをはじめさまざまな仕掛けでも楽しませてくれます。


野外劇場時代はステージの真上をジェットコースターが走っていたから、ここぞ!という時に「待て!」という声とステージ上に弾着!
悪キャラが見上げると走るジェットコースターの先頭にヒーローが銃を構えて立っている!!なんて超絶アクションが観られたものです。


このスカイシアター、この春で工事のため閉鎖となってしまいます・・・。
今度は屋外型の劇場に生まれ変わるのですが、今のような迫力のステージは見られなくなってしまうわけで・・・。


私にとっては「轟轟戦隊ボウケンジャー」の役者公演(テレビの変身前の俳優さんが実際に出演)の際に、ほとんど毎週のように通った思い出が鮮明です。
最終公演の最終日は朝からひどい雨で・・・それでもファンは祈るように待ち続けたんです・・・。
その祈りが通じたのか、最終回の特別公演の際は美しい夕焼けを見ながら、6人の出演者の涙のステージを観ることができた。
あの奇跡のような1日を私は忘れることはないでしょう。


スカイシアターを「天国にいちばん近い場所」と言った方がありましたが、私もそのように思いました。
ヒーローが本当にいる世界であり、奇跡のような公演を生んだ場所であり・・・そしてそのスカイシアターがまた天に還っていく・・・何とも寂しい気分です。

仁義なき舞台挨拶

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本日は東京まで遠征。
有楽座という映画館にて映画「誰も守ってくれない」の舞台挨拶を観にやってまいりました。


舞台挨拶、何だか好きなんですよね。
映画は機会を改めればいつでも観れるのかも知れないけれど、舞台挨拶というのは今、この時しかない。
概ね公開初日にこういうものはあるので、長い長い年月の中でもただこの1日、この一瞬しか存在しないものなのですね。
観客にとっても1回きりだし、映画の作り手にとっても同じく1回きりなわけです。
作り手も観客も一緒になって、映画の誕生日であるこの日を祝う時間を共有するって感じがすごく好きなんです。
映画への愛がそこにある、そんな気がします。


近年このチケットを手に入れるのがたいへんで・・・やっと取れた時には、「これで東京に行ける!」なんて気分になります。
まあ甲子園への切符って言うほどではないですけども。
ただ、巷では悪質な業者が介入してきて、人海戦術やら姑息な機械やらでこれらのチケットを発売と同時に買い占め、それをネットオークションで売り払って暴利を得る・・・なんてことも少なくありません。
連中には映画へのリスペクトなど何もなく、本当にその舞台挨拶を観たい映画ファンが観れなくなってしまい、そのチケットはネット市場の中で売れ残ったりダンピングされたりする・・・。
映画への愛が踏みにじられている気がして、本当に腹立たしく思います。

映画のチケットは額面以上では販売できないような仕組みにならないものかと思いますね。

コウモリのいた夕焼け

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子どもの頃は夕方遅くまで外で遊んでいたりして、「ごはんよお」なんて母に呼ばれて家に入っていた。
その頃はうちの近所にもまだ原っぱがあって、夕方になるとそこにコウモリが飛んでいたりして。
「血を吸われるから逃げろ」なんて子ども同士で言い合って逃げたりしてたっけ。
そんなわけで私の思い出の夕焼け空には、コウモリのシルエットが張り付いていたりする。

町の景色はもはやすっかり変わってしまっていて、コウモリのいた原っぱももうなくなってしまった。
あのコウモリたちはどこへ行ってしまったのだろう。
ちゃんと別の住みかを見つけられたのだろうか。

ただ夕焼け空だけが、昔と同じにそこにある。
その表情は夕陽や雲の様子でいつも変わるのだけど。

梅田のBIGMAN

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大阪人なら誰でも知ってる梅田のBIGMAN。
渋谷のハチ公前や新宿アルタ前に匹敵する待ち合わせ場所のメッカでありまして、ということは西日本イチのポピュラーな場所と言っていいでしょう。
そこには時に巨大な広告看板が出たり、直接司会の方が立ったりする販促ブースが設けられることもあります。
ちょっとしたステイタスある宣伝場所なんですね。


年末年始はそこに「必殺仕事人2009」の看板が出てまして。
辺りの円柱という円柱に広告が巻かれていたのです。
もちろんそこには、谷村美月さんのお姿もありました。
きっと谷村さんの大阪の友人知人でこれを見られた方もあるかと思います。
まさに故郷に錦を飾るが如し。

この春からいよいよ東京住まいが始まる谷村さんですが、大阪のファンとしては、誇らしくもあり寂しくもありです。

活躍を祈ります。
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プリントゴッコのいない年賀状

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女優の谷村美月さんから直筆の年賀状が来ており感激いたしました。
以前再会した際に私のことを覚えてくださっていたので、その後もちょいちょいお手紙させていただいていたのですが、まさかこういう形でお返事がいただけるとは思いませんでした。
さすが年賀状のCMに出演されているだけのことはある・・・。

一時期私は、年賀状というシステムが嫌いで、会社の上司同僚だとか、大学のゼミやサークル仲間には、来ても出さなかったものでした。

非礼不義理は承知しておりましたが、なんか不合理な気がしたのですよ。
上司同僚なんて毎日顔合わせているのに何でハガキを出さないといけないんだ。
大学時代の友人は仲間なんだから、年賀状なんて形式がなくても通じ合える、と。
実際、大学を出たばかりの頃は折にふれ、学生時代の友人とよくつるんでましたから。

ただ、やがてそれも、各自が家庭を持ったり転勤転職するようになると、なかなか会わなくなってまいりましたけども。

上司同僚に関しては今でも年賀状を出さない気持ちに変わりはありませんが(←ええんかいな)、学生時代の友人については、最近だんだんと考えが変わってまいりましたね。


確かに形式ではない友情があったと思いますが、同じ波止場から出発したので、たまたま互いの船が近接していたに過ぎなかったのですね。
いま、当然ながら互いの船は遠くて、連中がどこでどんな航海をしているやら、あまり様子がわかりませんもの。
なるほどこういう時に、年賀状は遠い航海をする仲間の音信を伝える良きものになるなあ、といまはそんな風に思います。

さりとて今となってはなす術もなし・・・。
なあに、奴らのことだから何とかかんとかやっているだろう、と根拠なく思っております。

まことに、便りのないのは元気な証拠というやつで。

遅まきながら藤巻潤

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元旦から熱を出して伏せっておりましたので、4日になってようやく初詣に行った次第です。

わが家の初詣先はふたつ。
大阪天満宮と、地元の神社です。
これは遺伝なのか生活習慣なのか、独り身で暮らしていても、行く初詣先は変わりません。

子どもの頃はこの大阪天満宮への初詣と併せ、ホテルプラザの新春遊戯コーナーへ寄り、母方の祖父母の家を訪ねる・・というのがワンセットのようにありました。
正月が来る度に、父と母と私の3人、妹が生まれてからは4人で、父の車で繰り出す、という。

小さい時はいざ知らず、小学校の高学年くらいになると、これが億劫で嫌になってました。
思春期ですしね、また正月番組をのんびり観たかったのね(←思春期?)。

でまあ、大学入るか入らないかのあたりで私は抜けてしまって、後は残りの3人でやっていたのですが、妹も長じた頃には、気がついたらそういう習慣もなくなってました。


不思議なのはですね、あれほど嫌だったその習慣が、いまたまらなく懐かしい。
何ならもう一回行ってもいい、そう思いますね。

しかし、祖父母の家もホテルプラザも、いまはもうありません。
時と同じく、習慣も帰らざるものとなりました。
通り過ぎてみると、あれも幸せだったのかなあ。
あんなに嫌だったものが、通り過ぎて歳月が経つと、あれは幸せだったと実感するものなのですねえ。
思春期の自分の気持ちはよく理解できるのですが、ここにその頃の私がいたら、「ねえ、ええんやろか、それで?」とちょっと話してみたいと思いますねえ。


地元の神社は静かで趣のあるたたずまいであり、私はすごく好きです。
今日はオンシーズンだからテントが出ていますが、あれがないともっと美しく屋根が映えます。

ここも小さい頃、よく夏の縁日に通ったっけ。

聞けば、このお社も老朽化で建て直さないと・・という話もあるようです。

時は流れる一方ですね。