ぼくの秘密日記 -28ページ目

『パッセンジャー57』(1992年・米)

『パッセンジャー57』DVD
監督:ケビン・フックス
CAST:ウェズリー・スナイプス
  :ブルース・バーン
  :トム・サイズモア
英国貴族出身のテロリスト、チャールズ・レーンが、L.A.へ護送される途中でジャンボジェット(DC-10?)をハイジャックした。
しかし、機内には偶然元テロ対策のエキスパート、ジョン・カッターの姿があった。
ジャンボジェットという限られた空間の中でカッターとテロリストの息詰まる攻防が繰り広げられる。

本編の時間は短い(84min)が、なかなかテンポよく楽しめる。
途中、遊園地での肉弾戦と銃撃戦は、ジャンボジェットという閉鎖的な空間内のアクションから目先を変えようとしたのかもしれないが、ちょっとだれてしまった感がある。
散々悪人ぶりを発揮し、存在感十分のテロリストも最期は妙にあっけない。
しかし、B級アクション映画としては十分合格点だ。

搭乗直後に、カッターの隣に移ってきてお喋りする老婦人は、おそらくエディ・マーフィ(TVで観たとだけ言って名はでないが)とカッターを間違えているが、これは当時はまだメジャーではなかったスナイプスへの冷やかしだろう。

カッターのセリフ"Always bet on black."(いつも黒に賭けろ)は名言だ。

『7月4日に生まれて』でデビューした性格俳優トム・サイズモア(『トゥルー・ロマンス』『プライベート・ライアン』)が注目されるきっかけになった映画である。(個人評価63点)

うちの会社(その2)

社長の引き当てた賞品は!!

「折りたたみ自転車で~すドキドキ

オォーアップ
場は安堵の呼吸もあり、微妙な盛り上がりだ。
しかし、社長は喜んで目録を受け取り、笑顔で壇上を降りた。


そのとき、若手のひとりが突っ込んだ。

「自転車操業の社長さ~ん」
一同大ウケである。

社長はと言えば、
「どうせ、自転車操業だよあせる
と受け取ったばかりの目録を床に叩き付けて、大仰なポーズで目録を踏み付け、地団駄を踏む。

そのポーズにまた一同は大ウケする。
結局最後までこんな感じで社長を始め、役員も含めて盛り上がって解散になった。
十数名は更に二次会で社長にジャズバーに連れていってもらい、エスカルゴとワイン(ワタシは水割りだが)をご馳走してもらった。

とまぁ、日頃あまり近寄らないのだが、自由闊達な社風は相変わらずである。

自転車操業株式会社の社長もちゃんと折りたたみ自転車は、投げ出さずに受け取った。

ちなみにワタシはロデオボーイ2がよかったが。
「リーチ!!」も言えずに終わった…。
年賀状で今年の運を使い果たしていないことを祈ろう。

うちの会社

昨日は会社のパーティがあった。
場所は銀座で社員の四分の一近い100人が集まって盛り上がった。

うちの会社は、社員が各地に点在して働いているため、月に一回(最近は隔月)福利厚生の一貫として会社主催のイベントがある。
そこで普段顔をあわせない社員同士が交流を深めようという意図がある。
入社2年目か3年目の若手が企画し、スノーボードツアーや食事会、演劇鑑賞など種々様々なイベントが開催されるのだ。
普段会社によりつかないワタシのためのようなイベントだが、ワタシは入社以来数える程しか参加していない。
昨日たまたま都合があり帰社したワタシは、夜になって上司に誘われて、飛び入り参加した。

イベントは社長のスピーチを皮切りに開始され、クイズ大会などを経て盛り上がっていく。

最後のイベントは、ビンゴゲームだ。
このビンゴはビンゴになっても、当たる賞品はくじ引きなので、高額商品が最初からなくなるわけではない。
DVDレコーダーやニンテンドーDSや高級なべ、コーヒーメーカー、ディズニーランドとシーのパスポート、順調にゲットされていく。
ときおりはずれのスターバックスカードやパスネットがでると、落胆と歓声の悲鳴が入り混じる。


そんな中、社長がビンゴになり、興奮しながら壇上に上がった。
欲しい賞品の番号を選ぶ。
みんなスクリーンにクギヅケになる。(続く)

もてる男(その2)

となると、ワタシももててもおかしくない筈だが。

オトコもオンナも憧れるオトコとは。
それは、汚らしくても一本筋を通し、やさぐれていても愛があり、そしてなによりミステリアスだ。


しかし、そうこう悩んでいると、女性を落とす手段を友人が教えてくれた。

■女性をモノにする方法
 とにかく誉める
 まめに電話する
 女性の喜ぶ話題を収集し楽しませる
 女性の話題はいかにつまらなくても興味深そうに拝聴する
 清潔でたくましい体型を維持する
 いかに重くても女性の荷物はすべてもつ
 呼び付けられればすぐに参上する
 豪華な食事にワインをご馳走する
 高級なアクセサリをプレゼントする
 常に「愛している」という

あれ?
映画や小説の主人公は、もてることはもてるが、現実の女性が選ぶ(落とされる)男性の種類は、全く違う?

……だんだん自信がなくなってきた。
聞かなければよかった。


かたや男性を手に入れるための女性の手段は簡単だった。

■男性をモノにする方法
 脱ぐ

ワタシはどちらかをモノにしろ、すぐ選べ、さもなくばコロスと言われれば、間違いなく男性をモノにしようとするに違いない。

……ワタシの結婚はまだまだ遠い気がする。

もてる男

もてるオトコとはどういうオトコなのか。
雑誌で特集をしている場合、コメントするのは美男美女だ。

彼らは、優しさだとか思いやりが必要だとかもっともらしいコメントをする。

確かに説得力がある。
難しいのはもてないオトコがコメントしても説得力がないが、もてるオトコのコメントどおりに行動しても、もてないオトコはやっぱりもてないのだ。


オトコが憧れるオトコは、映画や小説で主役をはっているようなオトコだ。
時代劇や西部劇では、大抵彼らは、浪人や流れ者である。
その主人公に惹かれるヒロインは必ずと言ってよいほど美女で、主人公はなぜか最期にヒロインを置き去りにして去っていく。

なんとも羨ましい。
風体もみすぼらしく、お金も持っておらず、しかも定職にもついていない主人公が、なぜか美女から食事や寝る場所を提供され、挙句は惚れられるのだ。

女性もこのようなやさぐれたオトコが主役の映画に心を奪われる。
やさぐれっぷりにオトコを感じるのだ。
オトコもオンナも憧れるオトコは、どう見てもアウトローだ。

かたやワタシは、
風体はみすぼらしく、お金を持っておらず、かろうじて定職についているだけだ。

…あれ?
なぜかあまり変わりがない。
定職が魅力を下げたとはとても思えない。

ならば何故ワタシは女性のハートを射止められないのだ?(続く)

女性賛歌(その6)

同僚は、ツマにわかるようにその名字がない名刺を捨てるそうだ。
ツマは何も言わないが、かえって怖いと同僚は言っている。
無言で夫を危険なワナから遠ざけるツマの面倒見の良さは感謝するべきだとアドバイスした。

このように女性は、自分の夫や子供は当たり前に、他人でも弱者の面倒をみることができる。


「懐が深く」「綺麗好き」で、「忍耐強く」「面倒見がよい」。
ざっとあげただけで直ぐにこれだけ賞賛できる。

この他にも、「美しい」、「感受性が強い」、また「明るく」「勇敢である」と書き続けることはできる。

女性の素晴らしさを活字にすると六法全書を軽く超える厚さになるだろう。
問題は、書いたとしても女性は既にそのことを知っているので読まないし、男性は違う意味でわかっているので読まないことだ。

世の中の女性が素晴らしいことは、世の男性も認めているのだ。
なんとなく会社に行き、会議をして時間をつぶし、帰宅前に上司の愚痴を言いながら一杯ひっかけてかえるのも、自分が無能なのがツマにばれないように、少しでもツマと接する時間を減らすためなのだ。
長く一緒にいると、男性の無能さは直ぐに露呈する。

素晴らしい女性へ
無能な男性の細やかな憩いを奪わないようにお願いします。

女性賛歌(その5)

ワタシが新人の頃、お客様との忘年会の席で、ワタシの両側に女性のお客様と女性の先輩が座った。
偶然とはいえ、二人とも綺麗な女性なのでワタシは内心ドキドキしていた。
食事は蟹のコースだった。
宴会が始まって直ぐにワタシは困ってしまった。
両側を女性に挟まれたワタシの皿に、両側のお姉さまは二人で話をしながら当たり前のように蟹の身を殻から取っては載せていくのだ。
自分達も食べながら、二人で話をしながら間のワタシの皿に両側から蟹の身が入れられていく。
ワタシは間に座って話に入ることもできずに、黙々と二時間蟹を食べ続けた。

このように女性は、自分よりも弱いものに対して、自主的に奉仕し、面倒をみることが当たり前のようにできる。
特に結婚し、夫ができるとその面倒見のエネルギーは夫に集中投下される。
食事や洗濯の面倒を見るだけでは満足できず、携帯電話を調べて交遊関係の面倒までみようとするのも、女性の面倒見の良さを表している。
ワタシの同僚のツマは、時折同僚のスーツのポケットを整理してくれるそうだが、中に名刺があると二つに分けておいてくれるらしい。
片方は誰が見てもビジネスの名刺で、もう片方は大抵女性の名字がない名前だけの名刺だ。
名字がない方は、裏に携帯電話の番号やメールアドレスが書いてある。(続く)

女性賛歌(その4)

ダイエットのために10時間黙っているように指示されると、それは何故なのかを20時間質問した後に(納得すれば)10時間睡眠をとるだろう。

またいつまでも成長しないオトコ、特に夫や子どもに対する女性の忍耐には、驚嘆する。
朝、顔を洗ったか、食事の前に手を洗ったか、歯をみがいたか、ハンカチを持っているか、ということを毎日かかさず子供に確認できるのも女性の忍耐力のなせるわざだ(ワタシは未だにできていない)。

夫が酒を呑んだり、ギャンブルをしたり、浮気をしたりしていないかを心配するツマは数多い。
男の生きる目的が酒と女と博打だということをやゆする歌や小説は多く世間に出回っており、そのことは世間的にも認知されている。
しかしツマは、自分の夫だけは違うかもしれないと期待し、夫に対して浮気や飲酒、博打を時には注意し、時には叱り、時には泣いて、そしてそれらが間違ったおこないだと理解させようと死ぬまで忠告し続けるのだ。
これを忍耐と言わずになんと言おう。
このように世の女性は、だらしのない男性のことを、忍耐強く、時には寛容に、時には厳しい態度で接してきたのだ(おそらく石器時代から)。


また女性は面倒見がよい。
特に男性や子供に対しては、かなり手厚くフォローしてくれるのだ。(続く)

女性賛歌(その3)

また、遅刻するのと化粧しないででかけるのとどちらかを選ばせると、大抵遅刻する方を選ぶのも女性の綺麗好きを表した例だ。
待たせる相手が男性で、親しければ親しいほどこの傾向は顕著になる。
しかし歳をとると、待たせる相手のためであった化粧が、周りの人間に自分を人間と認識させる目的に変わる場合がある(と聞いたことがある)。
これも綺麗になりたい、綺麗に見せたいという根底の願望は変わらない。
愛するけがらわしい夫が身につける下着までもが汚らしいという理由で、夫のパンツを箸でつまんで自分の服と別けて洗濯するワイフの話を聞いたことがあるが、これも女性の綺麗好きがエスカレートしただけだ。
ワタシの周りの女性に男の汚さについて議論させると、男性は女性と同じ地球上で生活できることを感謝する必要があるという結論になるはずだ。
それほどまでに男性は汚らしく、女性は綺麗好きなのだ。


女性は忍耐強い。
自分にも他人にも忍耐強い。
自分への忍耐としては、先に書いたダイエットは最たるモノだ。
結果をともなわないが(間違っても指摘してはいけない)、その消費行動は止むことがない。
ダイエットのためならば、10時間しゃべり続けるように指示されても、平気で倍の20時間はしゃべり続ける筈だ。(続く)

女性賛歌(その2)

おそらく多くの場合、10代から20代の女性には「デリカシーがないオトコ」として無視され、30代になると「失礼ね」と直接なじられ、40代から50代になると「ダイエットしてるのよ。オホホホ」と笑い飛ばされる。
これが60代を越えると自分に興味をもっていると喜ばれることさえある。

人により誤差は10~20歳あるが、このように女性とは、歳を経るに連れて容姿をネタにされても寛容になる懐の深さを持っている。
デブ(既にこのカテゴリに入る)と言われると顔は笑っていても心では怒り、泣き、嘆き、そしてラーメンに餃子をつけてしまうワタシは、とてもこの域には達していない。


次に、女性は綺麗好きだ。
ワタシの周りで、ワタシのデスクより汚いデスクの女性は見当たらない(と言われる)。
女性は帰宅する際には机の上を綺麗に片付けていく。
更にはワタシの机の汚さに対してもう少し綺麗にするように注意する余裕もある。
断っておくがワタシの机は汚いのではない。
山積みの資料は、ワタシなりの法則に則り、整理されている。
頭の中には、資料の在りかがきちんと引き出しに整理されているが、引き出しに時々鍵がかかっているだけだ。
しかし、女性の綺麗好きにかかると、ワタシのデスクの資料の間のわずかなチリやホコリもみのがさないのだ(と思う)。(続く)