今月20・21日、関東ラグビー協会主催の指導者研修会が行われます。
僕はそこに昨年から講師として参加し、ラグビーにおけるパフォーマンスの下部構造についての解説とJARTAによる具体的なトレーニング方法をご指導させていただいております。
研修に参加される方は、主にジュニア期の選手たちの指導者です。
ですので、トレーニング理論や方法論に加えて、「指導とは」という部分も非常に重視される研修です。
そのような重要な研修会に携わらせていただくことは本当に光栄なことであり、同時にジュニア期の選手たちの指導に影響を与える立場となることによる責任を強く感じています。
そこで今回は、この研修に先立ち、僕が指導において非常に重要と思っている一つの要因についてお話ししたいと思います。
それは、「チャレンジそのものを評価する」ことです。
つまり、プレーの結果の良し悪しによる評価よりも、そのプレーにチャレンジがあったのかどうかにより重点をおいて評価するということです。
具体的には、もしプレーの結果が良くなくても、そこにチャレンジがあれば褒める、認める。
逆にプレーの結果が良くてもそこにチャレンジがなければ、指導が入る、という形です。
この考え方はJARTAが半年に一度ずつ実施しているイタリア研修先であるセリエAインテルユースで知ったことです。
そしてこの視点は同チームだけでなく、イタリアのサッカー界の常識として根付いています。
僕はこの考え方は選手の心身の可能性・伸びしろを伸ばしていくためには非常に重要なことだと考えています。
もちろん結果が良いことは良いことであるのは当然ですし、それに越したことはありません。
どんどん求められるべきことです。
しかし、その点だけで選手を評価し始めると、選手は「無難なプレー」をやり出します。
自分が選手だったら、プレーの結果の良し悪しだけで評価され、指導されたらやりにくくないですか?
(結果にはいろんな要因が絡むので…。)
選手は、自分にとって難しい、「成功するかわからないぐらいのプレー」に挑戦するから成長するわけで、無難なプレーばかりやっていては、そのカテゴリーではうまくいってもより高いレベルに進んだ時に通用しないことになったりします。
(もちろん、基本をおろそかにすることとは別次元の話ですよ)
これは行動心理学における「飴と無視理論」でも言われていることです。
また、イタリア研修でお世話になっているインテルのマルコ・モンティさん(インテルユースディレクター)も日本人選手が平均的でずば抜けた選手が出てこない原因の一つとして言及されていました。
特に、ジュニア期などはこの部分の重要性は大きくその比率が増します。
この時期は特に結果の良し悪しよりも、「そこにチャレンジがあったか」で評価してあげることで、選手たちが自ら工夫するような自主性を育み、新たなことにチャレンジしていく心身の土台になります。
僕はそれが必ず選手たちの将来の可能性・伸びしろにつながると考えています。
自分が選手だったらそのような環境でプレーできたらめっちゃ楽しかっただろうなと思います。
選手がチャレンジしていないことを、「お前はあの場面でもっとチャレンジできた」っていう具合に気づかせる指導をやってあげたいものです。
JARTA
中野 崇



























