一度あきらめたWBC(World Baseball Classice が米国の敗戦で俄然面白くなって来ました。

1)疑惑の判定

 日本のタッチアップ・プレイで誤審と思われるジャッジをしてデービッドソン審判が、メキシコに対しても2度の誤審(一塁のタッチプレイとホームランを2塁打としたこと)を行い、2敗して先のなかったメキシコに意図とは逆にモチベーションを与えてしまった。結果的に日本に対する誤審を帳消しにしたのだから、皮肉と言うか、当然の報いと言うか、やはり悪いことは出来ない。

2)野球の戦術

 短期決戦では、ピッチャーの方が有利である。配球の分からぬ一流の投手からヒットを打つのは至難の業である。韓国は豊富で優秀な投手陣をどんどん投入して、第一次、2次予選で日本を僅差で打ち負かした。しかし、3戦目ともなれば、日本の打者も慣れてくる。何れにしても、投手戦には変わりはないだろうから、エラーが勝敗を分ける。僅差の好勝負。

3)野球の実力

 韓国の人々は、2連勝で「日本にはいつも勝てる」と言っているが、実力的には日本の方がやはり上。それが短期決戦と言う特殊な舞台で、モチベーションとか精神面の影響もあって充分発揮できなかった。

 韓国との第3戦では、打線の奮起を期待する。

4)モチベーション

 韓国の若手選手には準決勝進出で兵役が免除になると言う大きなincentiveがあった。しかし、準決勝に進んだことで、モチベーションを維持するのは難しいと考えられる。(韓国政府が選手に新しいincentiveを与えることは充分考えられるが)。

 日本選手の「プロとして韓国に3度は負けられない。」と言うモチベーションが韓国選手のそれを上回ることを期待する。

5)精神面

 第1戦、2戦で苦労してきた日本の若手がサバイバルゲームに勝ち残って、精神的には強くなっていると思う。それにイチロー選手や小笠原選手の存在は大きいし、上原の雑草魂にも期待できる。

 そして今何より必要なのは、日本のサポーターの応援する気持ち。韓国のサポーターに負けない応援をしたい。

 

 まあ、しかし「戦い」と言っても、ルール遵守を基本としたスポーツの世界、ここはフェアな素晴らしいプレイの数々を期待したい。明日の昼間は皆で日本チームを応援しよう。 (決勝の心配は準決勝に勝って、相手が決まってから考えよう。)

山口実

Amazon.co.jpで注文していた"ベスト・オブ・サミー・デービス・Jr."(日本名)と言うCDがようやく届きました。なんと言うクリアな英語と素晴らしい歌声。以前取り上げたポール・アンカがデュエットしていた"I am not anyone"は収録されていませんでしたが、彼の世界最高のミュージック・エンタテイナーとしての実力が遺憾なく発揮されていて、何度聴いても感動します。あの小さな細い体から、どうしてこんな奥深い声が出るのだろう。

このCDは"ベスト・オブ・ペリー・コモ"と共に超おすすめです。本物は掛値なく素晴らしい。

山口実

The Best of Sammy Daivis,Jr.

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005EMWX/qid=1142568037/sr=1-2/ref=sr_1_10_2/249-6183691-3287545

The Best of Perry Como

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00006BGNE/qid=1142569650/sr=1-1/ref=sr_1_10_1/249-6183691-3287545

P.S.追加注文しようとしてAmazon.co.jpを再度チェックしていたら、"I'm not anyone" の一部を視聴できるページを見つけました。Mr. Bojanglesも聴けるので、チェックしてみて下さい。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00006JJ5P/qid=1142566655/sr=1-8/ref=sr_1_10_8/249-6183691-3287545

 「イラク駐留米軍は16日、イラク中部のサマラ近郊で、03年のイラク戦争以来、最大規模の空爆などを開始したと発表した。AP通信などが伝えた。」と日本の各マスメディアが淡々と伝えている。

 http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060317k0000m030142000c.html

 「作戦はバグダッド北方サマラ付近の武装勢力掃討」と言うことだが、何かおかしい。

・まず、発表が「イラク駐留米軍」で謂わば「大本営発表」であること。

・そしてファルージャでの攻撃より、大きいとすれば攻撃によるイラク民間人の死者が多く出て、婦女子が苦しんでいることが容易に想像できる大事件であるが、戦争に慣らされたか、トップニュースにもならず、大騒ぎにもならないであろうこと。

・「テロ対策」と言いながら、「更なるテロや内戦の原因を作っている」可能性が高いにも拘わらず無批判であること。

・度重なる戦費の無駄遣いが、結果的に米国防省の基地移転費用などの日本負担要求が強まるであろうこと。

・今までのイラク戦争やイラク攻撃が裕福であった(或いは裕福であるべき)イラクを最貧国にしてしまっていること。等々

 「イラクの平和は世界全体の平和や石油の安定的供給に重大な影響を与えている」と言う理由で、憲法違反と思われる「戦地への自衛隊派遣」が強行したのではなかったのか。一方で(戦争を始めたこと自体にも大きな疑問はあるが、)米国政府の強引で稚拙なやり方が、イラクの混乱に拍車をかけ「平和の実現」を遅らせ、「原油の高騰」を招いているのではなかろうか。

 言葉を変えれば、米国政府のイラク攻撃を支持し、それに加担している日本政府を抱く私たち日本国民はこの問題が対岸の火事ではなく、私たちの生活に直結した問題であることに早く気がついて、無批判なノンポリ姿勢を止めるべきだと考える。現実的に、イラクでは多くの人々が死んでいる。本当に悲惨なことが平然と行われている。この報いは、(いろいろな形で)事態を静観する人々にもある可能性は高い。

 手遅れとはいえ、私たち日本人もイラク問題を真剣に総括すべき時ではなかろうか。

山口実

可愛いりすちゃん

 昨日の新聞には「米国防総省が沖縄米海兵隊のグアム移転費用の75%負担を要求している」ニュースが掲載されていた。http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/feature/news/20060316k0000m010116000c.html

 見積額を先月から3割増やし、その3/4の負担を要求してくる米国のやり方に国防費の垂れ流しで困っている米国政府のなりふり構わぬ姿勢を見ることが出来るが、そもそも米軍の基地は日本が頼んで置いて貰っているわけではなく、過去の占領の延長上にあるわけで、他の国でも米軍の移転費用を基地の所在国が負担した例は過去にもない。

 にも拘わらず「日本政府は減額を求めているが、米側の強硬姿勢に「受け入れはやむを得ない」(外務省幹部)との声も強まる。」と言う報道もなされている。こんな弱腰でどうするのだろう。どこにそんな金があるのだ。国民の血税の垂れ流しは好い加減に止めて貰いたい。

 過去の例から考えるに、米政府は最終的には日本の1/3程度の負担を目論んでいて、「その約倍を吹っかけた」と言うのが本心で、日本政府にも「半額に値切った」との落とし所を用意しているようにも思えるが、ここは「そもそも論」に戻って一切の負担を断固拒否すべきである。

 米国の言いなりになっていれば、将来的に50兆円を越える米国の国防費の相当部分を日本に肩代わりさせる、或いは米国の海外派兵の相当部分を日本の自衛隊(or 自衛軍)に肩代わりさせると言い出しかねないし、そうなれば日本の経済的・軍事的負担は際限なく高まって行く。

 日本政府・外務省は決して米国の属国ではないと言うことを再認識して、独立国の外交を展開しなければならない。また、このような岐路に直面して、日本の国民一人一人が反対の声を上げなければ、私たち自身が近い将来増税や徴兵に苦しむことを自覚すべきであると考える。


山口実

昨日は「ジャーナリズムの独自性の大切さ」について私の意見を述べましたが、「地方(地域)の独自性・自立性」についても少し考えてみましょう。「地方の独自性・自立性」とは取りも直さずその「地方の基礎力」であり、それがなくては真の民主主義の樹立は望めません。

 最近、道州制や三位一体の改革などが議論されている中で、なぜか逆に中央集権の傾向が強くなっています。経済的に中央政府に頼っていたり、利益を上げている大企業の本社の多くが中央にあったりする現実が、地方の自立を阻害しています。言い換えれば、「自立の為の基礎力」に関する認識と実力が、地方に不足していると考えられます。

 地方の独自性・自立性は、中央への依頼心や憧れからは生まれません。まず、その地方の持つ歴史や文化や気候風土環境を十分理解し、それを活用する自らの「政治的・経済的・文化的基礎力」を認識し、その「基礎力」を高めることが大切です。そしてその為には長期のVisionと夢を持って、楽しみながら努力を継続することが必須です。

この「基礎力」やVisionや地道な努力なしに、例えば、オリンピックを開催すると言うような、謂わば「一過性のお祭り」の為に莫大なコストをかけることは、その地方と住民に大きなリスクと疑問を生じさせます。地方の「基礎力」を高める地道な方法はたくさんあるはずです。例えば私たちが仕掛けた「焼酎ルネッサンス」とか、「福岡音楽都市構想」(これは「福岡音楽『産業』都市構想になってしまったので、私は離脱していますが)とか、大分県の平松元知事が推進した「一村一品運動」とか、姉妹都市との交流の活発化など、です。そう言った地方独自の活動の中から、いろいろなアイデアが出て、言葉通り「地力」が付いてくるのではないでしょうか。これは地方の国内外の活動に共通して言えることです。

また、この「基礎力」と言う概念は、語学を初めとする学問にも、音楽にも当てはまることだと思います。英語の基礎をしっかりと身につけていなければ、何度勉強しても上手くはなりません。音楽の基礎がしっかりしていなければ聴き手としての理解力も高められませんし、プロのアーティストとしての活動も長続きがしません。つまり、「基礎力」は個人の自立にも不可欠なものです。

そして地方の自立にしても、個人の自立にしても、この「基礎力」を高める日頃からの不断の努力が、私たち一人一人に求められているのです。

山口実

 何事においても基礎力が大切であることは明日少し詳しく書き込もうと思っていますが、今日の西日本新聞の一面の「記者証言拒否訴訟 取材源秘匿認めず 公務員なら違法 東京地裁決定 『法的保護 値せぬ』」(HPの記事は一部省略しているがご参照。http://www.nishinippon.co.jp/media/news/news-today/morning_news007.html )を見て感じたことがあるので手短に書き込んでみます。

 民主主義の主要な基礎として、三権分立があります。大辞林によれば、三権分立とは「国家権力を、立法・行政・司法のそれぞれ独立した機関に担当させ、相互に抑制・均衡をはかることによって、権力の乱用を防ぎ、国民の権利・自由を確保しようとする原理。」です。

 しかし、最近の日本は立法府である国会と司法府である裁判所が行政府(内閣)に媚びへつらう傾向が強くなっています。最近の個人情報保護法や共謀罪の法制化の動きや首相の靖国参拝違憲問題に対する司法の裁定回避等はその典型的な例ですが、上記の東京地裁決定も同様のものと考えられます。

 そもそも民主主義とは文字通り国民が主体の制度であって、国家権力が主体ではありません。立法・行政・司法の三権分立制は国民主体の世の中を守る(もちろん権利だけでなく義務もあるが)為に、便宜的に設けられたものであって、国家権力(特に行政府である内閣)が独走(或いは暴走)することを許していません。

 また、国民の側に立って三権分立をチェックすべきジャーナリズム(特に大手のマスメディア)もその役目を果たさず、権力におもねる傾向にあります。もちろん、情報抑制に関する立法の試みや司法判断がなされると反対の論陣を張るジャーナリズムも多いのですが、その訴えの継続性や迫力に欠けます。

 やはり、民主主義は私たち国民自身が守って行くのだと言う自覚とそれに基づいた言動が大切なのではないでしょうか。今の三権分立の危機的状況から、そんなことを考えました。

山口実

 いろいろ書いているが、私は個人的に米国を嫌っている訳ではない。海外で一番長く住んだ(5年以上)国であり謂わば第二の故郷であるからとても好きな部分も多い。しかし、一方で歴史的、文化的に考えて私たち日本人が近いのは米国人ではなく、東アジアの人々だと思う。言い換えれば、「私たちが米国人の真似をすることが私たちにとって良いことなのか?」と言う疑問を持っっている。

 私が米国を好きな理由の一つに懐の深さがある。懐の深さにはいくつかの理由がある。1.国土が広大で豊かである。2.歴史的に移民で作られた国であり、そのための苦労を味わってきた国であるから、国際的民主主義的許容力がある。3.色々な文化を受け入れ、その良い部分を取り入れている。4.自立心が強い。5.しっかりした2大政党制がある。5.ジャーナリズムの独自性が強い、など。

 今日は最後の「ジャーナリズムの独自性」に就いて少し考えてみようと思う。私はこのことが米国の民主主義を支えてきた最大の要因で、残念ながら日本には欠けている点ではないかと考える。もちろん、米国も9.11以降に愛国的傾向が強まり、ジャーナリズムもそれを煽った。しかし、ようやくその呪縛から解放されようとしている。

 このジャーナリズムの独自性はどこから来るのかと言うと私には持論がある。それは、各都市・地域の新聞が独自の論戦を張って来たことが大きな理由であるとの考えである。ニューヨークタイムズ・ワシントンポスト・シカゴトリビューン・ロスアンジェルスタイムズなどなど、日本の人々にも親しみのある新聞社が独自の考えを打ち出して来た。日本の読売新聞や朝日新聞のような圧倒的な購読者数を誇る全国紙がない分、読者に媚びる記事を書かなくても良かった。私はこの米国の独特の地方新聞の経験と実力が米国民主主義の根本ではないかと強く感じている。

 一方、日本はと言うと商業紙では読売と朝日の2大新聞が購読者獲得争いをしていて、どんどん似通って、ジャーナリズムの独自性を失っている。テレビも国営(公共)放送と新聞社系列の放送局で同じ論調の報道を流している。

 私は、以前から周りの人々に地方紙を読むことを勧めている。最近のインターネットの発達で、手軽に地方紙を読むことが出来る。西日本新聞、中国新聞、神戸新聞、中日新聞、東京新聞、河北新報、北海道新聞等々、それぞれ独自の特色を持っていて、とても面白い。また、読み比べるとより真実に近い情報が得られる。


 皆さんにも、出来るだけ地方紙を読むことをお薦めします。そうすれば、より正しい真実に近づくことが出来ると思います。 http://www.jwn.ne.jp/

山口実

 ワールドベースボールクラッシック(WBC)2次リーグの第一戦日本と米国の接戦となったが、好ゲームに水を差すジャッジがあった。あの温厚な王さんがあれだけ抗議をし、イチローも憮然としていた。またランナーは日本球界で一番足が速く、好走塁で有名なロッテの西岡選手、アマチュアならまだしも。ニュースの画面を見ても、タッチアップが早かったと言う事はなかったようだ。http://www.asahi.com/sports/bb/TKY200603130150.html

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/jpn/wbc/2006/topics/200603/at00008320.html

 今回のことは日米の世の中の現状を象徴している出来事に思える。力があれば何をやっても良い。自分に都合が悪くなると公正さを捨て去って、権力にものを言わせて真実を曲げる。ダブルスタンダード。

 そして日本のマスメディアはマスメディアはこう言う時には「長いものには巻かれろ」。「主審が決定したことだから」と唯々諾々。あるニュースキャスターは「こんな時に抗議をするのは武士道に反する。」 呆れてものが言えない。こんなことだから、米国だけでなく中・韓国や北朝鮮にまでなめられる。

 たかがベースボール、されどベースボール。一事が万事。言うべき時に言うべきことを言うのが筋だ。国際社会で「沈黙は金」なんて事はない。しっかり自分の意志を主張すべきなのだ。

 この出来事を見て思い出すのは、ロスアンジェルスオリンピック(1984年)での野球の決勝戦。

 私が残業を終えて、午後9時頃に帰途につき、車のラジオをつけると日米戦の実況中継。まだ、4回の途中である(後で分かったが前の台湾・韓国の3位決定戦が延長になったせいで決勝戦の開始が大幅の遅れた)。その時点で米国3:日本1。日頃のドジャーススタジアムの状況を見れば、日本選手たちが四面楚歌の中で奮闘しているのは容易に想像できる。居ても立ってもいられなくなって、急遽度ジャースタジアムへ行く。

 入場券は持っていなかったが、係員が「もう試合の途中だから」とただで入れてくれる。(この辺もやはり、当時の米国はおおらか)観客の"U.S.A""U.S.A"と言う観客の声がスタジアムに雷鳴の如く響き、その中で日本チームは孤軍奮闘している。私は一塁側2回スタンドに陣取ったが、周りももちろん米国の応援ばかり。半ばやけくそで、日本の応援を始める。「かっ飛ばせ!」「かっ飛ばせ!」

 少し離れた席の刺青のお兄さんが"Remember Hiroshima!".ひるまず応援を続けたが、刺青アンちゃんが更に騒ぎ出す。近くの米国人が何と守衛を2人呼んでくれて、僕は両側をガードされて応援を続ける。

 その内僕の周りにメキシコからの移民と思われる人々が集まる。「お前、何て言って応援しているんだ。調子が良いなあ。」「もちろん、Hit the homerun。」「よしそれなら俺達もお前と一緒に応援してやる。実は、米国の人種差別、あまり好きじゃないんだ。」

 確か5回だったと思う。荒井選手(当時19歳で日本石油の4番打者、後にヤクルトに入り若松2世と言われた好打者)がソロホームランを打つ。僕の周りの皆の「かっ飛ばせ!」「かっ飛ばせ!」と言う声が、更に大きくなる。それからランナーを二人(一人だったかも知れない)置いて、広沢選手(当時明治大学在学中で六大学野球のスラッガー。後にヤクルトのホームラン王)がホームランを打つ。(「良くあの四面楚歌の中で、ホームランを」と思ったが、後で「米国の応援や日本への野次の英語が分からなかった。」(笑)らしい。)これで5対3の逆転。

 その後は、宮本投手(その後巨人のピッチャー、今は解説者・タレント、彼は英語が分かった)が応援にビビッて二連続四死球でピンチを迎えたり、下手投げのベテラン投手がそれを抑えたり、荒井選手があの短い足で好手を見せたり、スリリングな展開で結局最終回。

 それまで夢中で応援していた私も正気に戻って「もしこれで日本が勝ったら、米国人の観客は僕を襲ってくるのだろうか。」ちょっと怖い。いよいよ試合終了。僕の両脇を固めていた守衛が離れて行く。

 「ちょっと待ってよ。これからが肝心!」観客が私の方へ駆け寄って来る。私は身構える。"That was a good game."皆が僕に握手を求めて来た。感激!

 あのFairな米国はどこに言ったんだろう。そして、苦境を跳ね返す日本は。

山口実

P.S.米国のマスコミにちょっと救われる。

http://www.tokyo-np.co.jp/00/detail/20060314/fls_____detail__000.shtml

抗議する王監督

 「米海兵隊岩国基地の地元・山口県岩国市で十二日、米海軍厚木基地(神奈川県)の空母艦載機受け入れの是非を問う住民投票が行われ、反対四万三千四百三十三票、賛成五千三百六十九票で反対が圧倒的多数を占めた。反対票は有効投票の89%に上り、有権者の過半数に達した。投票率は58・68%で、市条例が定める50%以上の要件を満たし、成立した。」(The Nishinippon WEB)

 日本政府は「米軍再編は国の専管事項。住民投票の結果は関係ない」との主張を繰り返すが、住民や国民に対して十分な説明もせず、その納得も得られずなし崩し的に日米同盟強化をして行くことが本当に日本国民にとって良いことなのだろうか。対立を煽り、軍事同盟を強化することが、私達にとって唯一の方法なのだろうか。この際、国民の間でも徹底的に議論し考えるべき重要な問題ではないだろうか。何れにしても、たとえ法的拘束力がなくても、今回の住民投票の結果はしっかりと尊重されなければなるまい。http://www.nishinippon.co.jp/media/news/news-today/morning_news005.html

 他の西日本新聞の記事によれば。自民党の片山虎之助参院幹事長は住民投票について記者団に「国の安全保障は国の責任。住民投票は適当でない。地元との調整はしないといけないが、最終的には国が決めざるを得ない。反対というのは一種の地域エゴイズムだ」と批判したと言う。

 地元との調整のないまま、地元の住民に苦労を強いようとして、それに反対されると「地域エゴイズム」と切り捨てて良いものだろうか。沖縄に対しても、同じ論法で説得しようと言うのであろうか。それこそ権力者のエゴイズムと批判されても仕方がないであろう。そもそも本件はブッシュ政権にべったり追従する日本政府が「安全保障と国際平和の維持に関する具体的な構想や哲学もなく、場当たり的に対応してきた」(軍事評論家の小川和久さんのコメントを参照)ことによる問題であると思量する。(片山参院議長は、もし自分の選挙区である岡山に基地が移転されることになっていたら、唯々諾々としておれただろうか。)

 この問題は、沖縄や岩国や横須賀など、基地を置かれている地域や都市だけの問題ではなく、私たち国民全てに投げかけられている問題であることを強く再認識しなければならない。

山口実

3月14日付西日本新聞社説(追加)「『民意』を重く受け止めよ 岩国住民投票」

http://www.nishinippon.co.jp/media/news/news-today/syasetu.html

シロ 5

やっぱり何かおかしいニャー!

二日続けでスポーツのお話。しかし、こちらは手放しで感動。

約2時間半テレビに噛付いていた。

弘山晴美さんと渋井陽子さんの壮絶なレース。

一時は3000Mあった大差を跳ね返した弘山さんの頑張りは

本当に素晴らしかったし、悪コンディションの中で終始レースを

リードして行った渋井さんの走りも賞賛に値すると思う。

実は、僕はあの豪快な渋井選手のファン。今回は彼女自身

期するところもあり、一生懸命彼女を応援して30KM近くまで

は彼女の楽勝と思っていた。

しかし、あれは30何KMの地点だったろう。それまで寒い雨の中

いっぱいいっぱいで走っていた弘山さんが差をじわじわと

詰めだした。

その大きな原動力は夫の勉コーチの併走しながらの応援。

彼の声が聞こえてから、明らかに腕の振りが良くなり

ペースが上がった。

日本の長距離会の女王と言われ、1500M,300M,5000Mの

日本記録を樹立しながら、マラソンは過去2位が3回。

どうしても勝てなかった。

しかし、37歳の今回、ラースト・ランと思われた10回目の

レースでの優勝。

まさに勉さんとの二人三脚の勝利と言える。

終盤、特に最後の2KMは弘山さんの強い気持ちと走りに

感涙しながら必死で応援していた。

Never give upを体現してくれた走りだった。

ただ、ただ、感動!

山口実

P.S.同時に「 男は勇ましいことを言わずに、優しくて頑張り屋の

女性たちのサポート役に徹することが、世の中を平和にする」

と再確認できるレースだった。

弘山夫妻
レース後笑顔でインタビューを受ける弘山夫妻

(asahi.comより)