東京新聞のウェブサイトに下記の記事が掲載されている。

 「政府は十六日、イラク南部のサマワで復興支援活動を続けている陸上自衛隊の撤収を、今秋以降に先送りする方針を固めた。イラク国内の治安が回復せず、新政権樹立の見通しが不透明なためだ。」(詳細はhttp://www.tokyo-np.co.jp/00/sei/20060417/mng_____sei_____004.shtml  を参照下さい。)

 はて、自衛隊のは治安維持の為だったっけ?

 また、「加えて、夏場は気温六〇度を超える過酷な気象条件の下で、撤収作業をするのは困難だと判断した。」との理由も挙げるが、イラク南部は乾季と雨季だけ。雨季以外はいつも暑い。結局年内の撤退はないと言うことなのだろう。

 私のイラクの知り合いや友達たちは、外国の軍隊の駐留をイラクの混乱の主たる理由に挙げ、即時撤退を要望している。気温60℃を越えた治安の悪い中、外にも出られず宿営地に篭って、復興支援活動が出来るのだろうか。穴に篭って任務を果たせず、苦しい思いをする自衛隊員の方々にも「お気の毒」と言うしかない。そして、一番気の毒なのは、「サマワでの復興支援活動」の為に、1000億円を越える援助と毎年400億円の派遣費用を負担する私たち国民ではなかろうか。戦争ボケのマスメディアからは反対の声はついぞ聞こえてこない。

山口実

 「2016年の夏季五輪招致を目指す福岡市は14日、総額4864億円の施設・インフラ整備試算と競技場配置などの計画概要を正式発表した。」(2006/04/15付 西日本新聞朝刊)

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/20060415/20060415_001.shtml


 私ははっきり言って、このオリンピック招致に反対します。費用対効果から言っても、「殿、ご乱心!」と言わざるを得ないし、(以前にも書き込んだように)国際親善や地方の活性化はもっと地道(長期的)で、経済性のある方法で行われるべきだと思うからです。


 計画の詳細は更に検討しなければなりませんが、この記事から読み取れる「コンパクトな五輪?!」の問題点をいくつか挙げてみましょう。

1)博多湾岸(半径10KM圏内)に集中させるため、新たな設備を7つも作る。(これ以上大きな箱を作ってどう 

 するの?)

2)市の負担は抑えたと言うが、970億円は莫大な金額。超赤字の福岡市がどうやって負担するのか。

3)施設整備費(計630億円)や交通インフラ関連(計427億円)等の福岡市負担分の残りは誰が負担するのか。(その多くを国が負担するとすれば、それは日本国民の血税からではないのか。)

4)「五輪施設を民間に売却」と言うが、絵に描いた餅ではないのか。(結局外資に買い叩かれて、更なる負担 を市民や国民に強いることになると危惧される。 )


 教育・文化・社会保障・医療等の公的支援費用を削り増税を強いる中で、一時の「夢を追う」為に莫大な費用と時間を費やし、後世に借金と莫大な維持費を残すことは、まさに「一将成って、万骨枯る」結果になると大いに危惧します。皆さん、福岡市のオリンピック開催には、しっかり反対しましょう!!


山口実

 14日の共同の報道によると「ブッシュ米政権が、有事に備えて年間250個の核兵器を生産できる体制を整備し、5年ごとに新型核を順次開発する計画であることが14日、分かった。」

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/world/20060415/20060415_029.shtml

 これでは、北朝鮮やイランに核の放棄を迫っても、全く説得力がない。核超大国で、核を人類に対して使用した唯一の国として、自らが率先して核廃絶の運動をするべきではないだろうか。もちろん、被爆国である日本も、そのことを米国政府に対して強く働きかけるべきであろう。何千億円と言う札びらを(それも国民の血税から)きって、国連安保理常任理事国入りを画策するより、積極的に核廃絶を訴える方が、余程世界の国々に対して説得力がある。

山口実

 今日の読売新聞によると「米政府筋は、米国と中国の海軍が近く合同軍事演習を実施する方針であることを明らかにした。」と言う。http://newsflash.nifty.com/news/ta/ta__yomiuri_20060415id01.htm

 これは何を意味するのか、良く考える必要がある。

 日本が対立を煽る中で、米国はちゃっかり中国を懐柔しようとしている。また、米国に住む友人によれば、米国のビジネスマンの興味は日本から中国へ移っていると言う。

 中国の近年の発展が、主に日本の技術供与や資金援助によることは周知の事実である。その恩に報いて貰うべき時に、政治的な対立が生じていることは日本の国益には沿わない。もちろん、是は是、非は非として議論しあう対等な関係を構築する必要はあるが、相手を不必要に挑発するような言動はもう止めるべきである。そのことに早く気づかなければ、日本が30年以上かけて築き上げた中国での経済基盤を米国やインドに取られてしまうことを私は真剣に危惧する。

 「国益」「国益」と声高に叫ぶ政治家がいたら、冷静になってどの国の国益なのかを考えてみよう。私たちの日本の「国益」ではないかも知れないから。

山口実

P.S. 昨年日本が国連安保理の常任理事国入りを目指した時、米国は反対した。これにより日本に残されたのはODAでの大きな負担だ。独立国として、米国が自国の国益を優先するのは当たり前のことである。従って、米国に過度に頼ることは大変危険であることを私たちも良く認識する必要がある。

 うしじまあおいの歌やMCを聴いていると、彼女の真面目さと一徹さが良く分かる。それを批判する人も中にはいるが、彼女の性格が良く出ていて私は大好きだ。こう言うと、また身内ののろけかと憤慨する人がいるかもしれない。

 しかし、この真面目さと一徹さが現代社会に欠けてきているので、あおいに限らずそれを守っている人には強い共感を覚える。

 真面目と言うのは、物事の大切さを良く理解しているということであり、一徹さと言うのはしっかりとした信念や理想を心棒として持ち、それを貫き通していると言うことである。

 今の日本で、リーダーと目される人々には、それらが欠けているように思える。憲法にしても、教育基本法にしても、世の中の移り変わりでころころ変わるようでは、ろくなものにはならない。なぜならそれらは人気取りの手段ではなく、国の根幹をなすものであり、国の将来を担うものであるからだ。

 最近私は「子どもは親の鑑」と言う表現を良く使うが、今の日本のリーダー達の姿勢や憲法・教育基本法等の改定の動きも、私たち国民の鑑であると思う。民主主義とはそう言うものだ。そして、鑑に映る自分の姿が歪んで見えたら、それを正すのは親である国民の責任だと考える。

 私たち国民が正すことを放棄するなら、民主主義は早晩国家主義へと逆戻りするであろう。 私は多くの日本国民が真面目さと一徹さを取り戻すことを心から願う。

山口実


 私はビジネスマンを長くやってきたので、「費用対効果」を考えます。もちろん、同時に、どういう費用なのか、何に対する効果なのかも、厳しく問われないといけません。

 その点からすると米軍再編費用の日本負担には疑問を持たざるを得ません。また、費用の額や負担の是非の検証もなしに、既成事実のように交渉が進んで行くことに大きな違和感と抵抗を感じます。http://www.tokyo-np.co.jp/00/detail/20060414/fls_____detail__001.shtml

 増税で自国民を苦しめながら、外国に対しては大盤振る舞いをする。米軍への「思いやり予算」や今回の再編費用負担、それにODAの大幅増額しかり。「テロ対策、国の安全保障の為に不可欠」と言うが、自国民が干上がって、誰のための「テロ対策」、「安全保障」なのでしょう。また、誰が「テロ」を増やし、「安全保障」を難しくしているのでしょうか。

 今私たち国民一人一人が本質的なことをしっかり検証し物申さなければ、国も国民も破滅への道を歩み続けることになると大いに危惧せざるを得ません。

山口実

 先日新しい読者の方(ID:warm-hartさん)に登録頂きました。理想は掲題の通りの「共生社会の実現」と言うことで、私が日頃このブログでお話していることと一致します。同じ理想をお持ちの方の輪が広がることを心から祈っています。

 ところで、昨日大学の講義で使った英語の短文で、「ラテン・アメリカのビジネスマンは仕事の話に入る前によもやま話をする傾向が強い。アラブ諸国ではもっとその傾向が強い。それはアラブ諸国の人々にとってよもやま話は仕事の話と同じくらい大切だからだ。違った土地で違った花が咲くように、違った文化には違った価値観が存在する。」と言った趣旨のものがありました。この見方は一般的な傾向として正しいと思います。

 でも一方で、欧米人ともよもやま話がたくさんできる関係、アラブ人とはご禁制のお酒を飲みながら腹を割って話せる関係、中韓やアジアの人々ともFamilyとしてお互いに思ったことを遠慮せず言い合える関係の構築が「共生社会の実現」のためには不可欠なのだろうと思います。

 以前私は「明日は我が身」と言う言葉を使いましたが、文化や環境や価値観が違っていても、私たち人間は、年も取るし、病気にもなります。また、喜びも悲しみもします。同じ人間ですから、必ず本質的な共通点はあるものです。その共通点を尊重しながら、お互いに折り合い、助け合い、共に生きることが求められていると思います。私たち一人一人が共生の輪を広げて行こうではありませんか。


山口実


 先日監督とお話して感銘を受けたのは、監督がしっかりした問題意識を持ち、いつもそれらを如何に観客に問いかけようかと考えておられることです。いたずらに誇張したりせず、バランスの取れた形で自分の思いを観客に伝え、観客が自分の頭で考えてくれることを辛抱強く期待しながら、映画を作っておられます。

 映画の中で(オフィシャルホームページの予告編でも見られる)HAITIとAICHIの発音のギャグに就いて、「面白かった。」と申し上げたら、「親父ギャグですよ。」とおっしゃっていましたが、ウケを狙った作品を作ろうと思えば、監督には本当に面白い作品が作れると思います。でも、そうはせず、謂わば地味な(しかし素晴らしい)作品を世の中に提供し、いろいろな問題(作品の舞台は違っても今の日本の問題)の本質を問いかけています。また、それをサポートするプロデューサーがおられることも、本当に素晴らしいと思います。

 イラクで人質になっていた時、「人質解放」を早く仲間に伝えたくて、テレビに噛り付いてサダムフセインの演説を毎日何時間も聞いていました。そして分かったのは、彼の愚かさと見え透いたパフォーマンスと語彙の貧困さ(ワンフレーズ、いや「神は偉大なり」「真理は我にあり」「聖戦」の3フレーズを延々と繰り返す)でした。

 今の日本の政治家を見ていると奇妙に重なります。また、テレビもそれに協力して煽っています。私たち国民は今、表面的な雰囲気やパフォーマンスではなく、本質を問う力、そして本質を見抜く力を持たなくてはならないと思います。それがなければ、後の結果に苦しむのは私たち自身なのですから。

山口実

教育基本法の「改正」が叫ばれ出してから久しいですが、私には現在の教育基本法のどこをどう変えれば「改正」出来るのか全く分かりません。今の教育の問題を教育基本法のせいのように言う人々が少なからずいますが、その人たちには「教育基本法を読んでください。」と言いたいです。この法律の内容は短いですし、難しいものではありませんから、皆さんもご一読下さい。http://www.itoh.org/io/lib/law/kyoikukihon.html#j1

 一方今日のasahi.com ( http://www.asahi.com/politics/update/0412/007.html
)によれば、「自民党議員321人を含む超党派の『教育基本法改正促進委員会』(380人)は11日、大会を開催。改正案に『愛国心』または『国を愛する心』と『宗教的情操の涵養(かんよう)』を盛り込み、現行法にある『教育は不当な支配に服することなく』との表現を削除するよう求める決議を採択した。
」との事です。

  私は「愛国心」や「宗教的情操の涵養(水が自然にしみこむように、少しずつ養い育てること。三省堂提供「大辞林 第二版」より)」は国が法律で規定することではないと考えます。また、「『教育は不当な支配に服することなく』との表現を削除する」がどうして「改正」に繋がるのか理解できません。

 この「教育基本法改正促進委員会」の要求が全て満たされるとは考え難いですが、憲法改定や日米安保強化など一連の企図の中での国家主義的な教育基本法の改悪は、私達の自由や平和に対する大変な脅威となることは明らかです。

 私は民族の誇りを持つことは、民主主義や国際協調主義と共存できると考えています。しかし、国家主義と民主主義は絶対に両立することはありません。

 この教育基本法改定の問題は他の一連の問題と同様に、私たち国民一人一人にとって大変重要な事柄です。皆で、良く考えましょう。

 山口実

錦織監督とのお話の中で、何度か「バランス」という言葉が出ました。

彼は映画を作る際にもこの「バランス」を念頭に置いているとのこと。

映画ミラクルバナナもいろいろな問題を私たち突きつけながら

それがマイルドにバランスの取れた形で表現されています。

一方今の世の中に目を転じると、このバランス感覚に欠けています。

隣国とはバランスが取れず対立が激化する。争いのある所では

バランスの取れない政権が出来て、世界が余計に混乱する。

日米の指導者達も決してバランス感覚に優れているとは言えません

対立を理由に勇ましい発言をし、それが国民にも支持されて来たが

バランスを欠いた世の中の先にあるのは破壊だけだと思う

崇高な理想を掲げて、現実とのバランスを取りながら如何にそれを

実現して行くか、私たち一人一人が考えなければなりません。

その意味でも錦織監督との出会いはとても貴重でした。

「一期一会」私もとても好きな言葉ですが、錦織監督とは「一会」と

言わず、これから何度も会いたいと考えます。

山口実